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19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

社会貢献とお金と高校の同級生の話

久しぶりに高校の同級生たちと会った。

 

画家と税理士、社労士、現場監督、OL、それに起業家の自分となかなかの異色メンバーだった。彼らとは頻繁に会うわけではないが、会うとそれなりに懐かしい。

 

高校の卒業以来、最も頻繁に会っているのは、大学を卒業してすぐに大手ゼネコンに就職して現場監督となったNくんだ。

 

Nくんは部活も一緒だったし、帰る方向も一緒だったし、さらに音楽の趣味などもあったのでよく一緒につるんでいた。僕が身長190を越えるのに、Nくんは身長160ちょっとだったので、よく凸凹コンビと揶揄された。

 

Nくんは高校時代から無私無欲の人で、社会に出て大人になったら、それがどんどん損なわれていくと皆思っていたが、むしろそれに磨きがかかっているのがすごい。

 

社会に出て、何年かして彼は結婚したが、それからずっと月のおこずかいは3万円のままだ。財布をがっつり奥さんに握られ、昼食代とタバコ代を含めて月3万円でもう20年近くも暮らしているのは驚異的だと思う。

 

飲み会があれば、その都度いくばくかのお金は支給されるらしいが、それでも自分が稼いだ金に全くアクセス権がないのは辛い。

 

でも、Nくんは皆に色々と揶揄されても、一向に動じずそれになんだか幸せそうだ。4歳になる子供もいるし、最近の生きがいは家族なのだろう。

 

彼の仕事は現場監督なので、朝5時、6時に起きて夜は終電までという過酷なものだ。その生活を20年以上続け、小遣い3万円で生き抜いてきた彼は、僕はもはや仙人だと思っている。

 

高校生の頃から僕は彼の存在にずっと助けられてきた。人の文句や悪口を決して言わず、不平不満も特に漏らさない。他人の目が気になってしょうがない思春期で、彼のような態度を取るのは至難の技だと思う。

 

ゼネコンなんだからこの好景気だと今年の夏のボーナスは100万くらいはもらえるのではと皆が聞いたら、「僕には関係ないから」と一言で済ましていたのはさすがだ。

 

そして、続けて「そういえば、最初の頃はボーナスもらった時は1万円くらいもらってたかも、でも最近それもない。」と言った彼にその場にいた僕たちは驚嘆の眼差しで見つめた。もうお金なんて、僕らのような私利私欲にまみれたこの世界から解脱した彼には無縁なものなのかもしれない。

 

キューバの人々が月給800ドルでも、政府を介して彼らに給料が支払われるので、実際受け取るのは50ドルだけだと聞いた。その時はキューバ政府の搾取ぶりにビビったが、身近にもっとすごいのがいた。

 

Nくんのような人がマルクス・レーニン主義の中でも、しっかりと理想郷を作れる偉大な労働者なのだろう。

 

もう一人よく会う友達に税理士のWくんがいるが、高校の時は彼も帰る方向が一緒だったのでよくつるんでいた。それでそのWくんが高校の頃に貰っていたお小遣いの話をした。なんと彼は毎月5万円も貰っていたのだ!

 

そこですかさずNくんが「僕の今のお小遣いより多いじゃん!高校生なのに!」と言った時はなんだかほっこりした。

 

最近、お金2.0や仮想通貨やら、シェアリングエコノミーやら、どんどんとお金自体の価値が損なわれている傾向はある。それに多くの人が「人生はお金だけじゃない!」と言っているが、Nくんを見ているとなんだかそういうのも超越している。

 

ほかの同級生が「Nくんは何をモチベーションにして働いているの?」と聞いたが、Nくんは即答はできなかった。でも、彼は高校生の頃そういう人だった。ほかの人が持っているものを決して欲しがらず、また持てる人がいればそれを素直に賞賛し、自分が出来ることで人知れず皆に貢献していた。そんな彼に僕はなんども助けられた。

 

声高に「社会に貢献したい!」という人が胡散臭く見えるのは、その頑張っている感とそんなの当たり前という感覚の欠如からだろう。

 

毎月使えるお金が3万円しかなく、残業で自由時間すらほとんどないNくんはそれでも幸せそうだし、家庭生活も円満らしい。本人たちが幸せだったら、それはそれでいいとは思う。

 

この幸せが末長く続くことを心から願っているし、もし何か会ったら皆で彼を慰めてあげればいいと思っている。