Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

人生におけるパッションについて

外国語を学習するモチベーションは色々あると思う。 「外国人と付き合いたい!」というシンプルな欲求もありだと思うし、自分のように未知の人々の出会いのために外国語を勉強する人間もいる。

タンゴを踊っている友人にうちのスペイン語のオンラインクラスを薦めてみたら数名入会したが、彼らがスペイン語を勉強するモチベーションはタンゴだ。

タンゴをより深く理解するために、スペイン語を習う。 彼らは寝ても覚めてもタンゴのことばかり考えており、タンゴ以外の話を彼らから聞いたことがない。

(世界チャンピオンのデモビデオですが、彼らは現在日本に滞在しており4月9日に目黒でデモをやるらしい)

タンゴとフラメンコの違いも分からない人たち相手にタンゴの素晴らしさを説くのを見て、これだけの熱情を持てるものがあるのは幸せなことだと思った。(かくいう自分もブエノスアイレスにいるときは毎日タンゴを踊っているタンゴ馬鹿だけど)

人生に必要なのはパッションだ」 巨匠ゴダールがそのようなことを言っていた気がするが、たしかにその通りかもしれない。

パッションがなければ、生きているか死んでいるかわからない人生になってしまうだろう。 恋愛に全精力を傾けるのもいいし、仕事や子供にその熱情を注ぐのもいいと思う。

でも、人は何かしらないと生きていけない生き物だ。 なにか特別なことをする必要ないし、当たり前のことをきちんとやるのは大切だ。

ただ、きっと個人の人生をユニークにするのは、その当たり前をはるかに超えた熱情を注ぐものがあるからなのだろう。探しても探さなくても、意外とそこにある・・・・パッションとはそういうものだ。

スペイン語を勉強するモチベーションにするためにタンゴやサルサを習う人もいるし、その逆もある。旦那を愛してもいないのに、子供のために離婚をしない母親もいるし、家族のために嫌いな仕事を続ける人も多い。

それもひとつのパッションと言えるかもしれない。

譲れないものは譲れないのだ。 なにか偉大なものはきっと人間の理知を超えたところにあると思うが、それに到達する手段として、パッションがあるのだろう。

努力しているのに、努力していると思わない何かがある人生は、きっとそれだけで幸せなのだろう。

人生はパッションであり、パッションこそ人生である・・・・とは言い切れないと思うが、本当になにか楽しいと思うときは、普段以上の熱情を放出しているときには違いない。