Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

バットマン

誰も行かないような南インドの小さな漁村に行ったことがある。
たまたま持っていたガイドブックに三行くらいの紹介文が載っていて、興味が湧いたのだ。
とくに変わったことが書いていたわけではないけど、旅行者が行かないようなところに行きたかった。

村にひとつしかないというホテルに行き、チェックインを済ませた。
そこのマネージャーと思わしき人物から「どこから来た?」とお決まりの質問が投げかけられた。どこに行っても聞かれる質問だったけど、旅先では適当に答えるようにしていた。そのころはスコットランドに住んでいたので、スコットランドからと答えることもあった。日本人だと分かると金を持っていると思われ面倒なことが多かったからだ。

そのときは正直に「日本」と答えた。
マネージャーは突如嬉しそうな顔になり、「おまえがこのホテルに泊まる初めての日本人だ」と言った。そして僕の部屋まで付いてきて、わざわざベッド・メーキングをしてくれた。色々と話しがしたそうだったけど、英語を話す機会があまりないのか、たどたどしい英語で会話が続かなく、シャイな笑顔をこちらに向けるばかりだった。

そのホテルの大きな問題に気づいたのは夜だった。
インドではよく停電が起こる。停電が起こったからといって騒ぐ人間はいない。その夜もいつものように停電が起きたが、なんとも思わなかった。懐中電灯も常備していたし、そんなことにはもう馴れっこだったからだ。

ホテルには発電機が備わっていた。それも当然ありえることだ。そこまでは良かった。問題だったのは、その発電機がすさまじい音を立てて、回転することだ。部屋のすぐ真下に備え付けられていたので、とてもじゃないが寝付けなかった。

どうして夜中に発電機を回す必然性があるのか訝しがったが、インドではそんなことを深く追求しても仕方がない。爆音が鳴る合間にうつらうつらし、ようやく寝入ったと思ったところでまた事件が起きた。僕は夢を見た、それもリアルな夢を。

コウモリに太ももを吸われる夢だ。
痛くはなかった。そしてとくに恐怖も感じない。ちょっとかゆい感じはしたが、それも気のせいだろう。気のせい?いや、気のせいではなかった。ふと目が覚めて、自分の下半身を見るとコウモリがいた。顔はネズミように見えたが、小さい羽らしきものがあった。慌てて手で振り払ったが、妙な感触が太ももに残った。

出血もしておらず、傷跡も付いてはいなかった。
実際に吸いはしなかったのだろう。でも、どうして僕の太もも?ほかに候補はいっぱいあったはずだ。夢であって欲しかったけど、その感触だけは今でも覚えている。旅先であんなパニックに陥ったことは、滅多にない。