Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

カッパドキアにて DAY 3

猿は空に憧れて二本足で立つようになり、やがて人間になった。
そんな話を聞いたことがあるが、小さい頃純粋に空を飛べればと思っていたことはある。空を飛んでどうこうしようとは思わなかったが、あの雲の上には何があるのだろうとずっと興味を抱いていた。ずいぶん年月が経ってしまったが、そんな夢が叶うときがきたわけだ。

Cappadocia

気球はゆっくりと上昇し、驚くほどゆっくりと空を飛んだ。飛行機に何度乗っても空を飛んでいる実感なんて湧かないが、これだけゆっくりと確実に飛んでいると、不思議な感覚に襲われる。初めて経験する身体感覚だ。

Cappadocia

空と一体になると言うのは大袈裟だが、空をゆっくりと浸食し視界には地上から見る風景とは全く違った景色が広がっていた。空から見るその奇妙な形をした岩石たちは、昨日雪のなかを苦労して回った光景なんて忘却の彼方へと追いやるほど、感動的だった。この気球ツアーを企画した人はその効果を実感していたのだろうか?地上からだとただの奇天烈な形をした岩たちが、空から俯瞰で見るとなんとも幻想的に見えた。それに雪の効果を相まって、今までに見たことがない光景が眼前に繰り広げられた。

フランソワやほかの同乗者たちはひたすら写真を撮りまくり、ずっと興奮していた。早起きは三文の得というが、まさにこのことだ。5時半に迎えに来るワゴンバスが、7時に来たことは水に流そう。それくらい価値のある光景だった。

気球はそのまま一時間ほど飛行を続け、やがて気球は静かに下降し、地上へと降り立った。てっきり同じ場所へと戻るかと思っていたが、そうではなくだだっぴろい平坦な地面へと無事着地した。気球が降り立ったすぐ横にトレーラーが乗り付けられ、僕たちを乗せたまま10人くらいの男たちがよっころせとばかりに、気球をそのトレーラーに載せた。打ち上げのときになぜこんなに多くの男がいるのか分かりかねたが、このためだったのかと納得した。

気球から降りた我々には、気前よくシャンパンが振る舞われ、雪の上に設置されたテーブルの横で乾杯した。朝の8時半にシャンパンで乾杯したのは生まれた初めての経験だった。

ワゴンバスでホテルへと帰った僕たちは朝食を食べに、食堂へと行った。僕はやはり昨夜、同じホテルに宿泊している韓国人の女の子たちのことが気になり、フランソワと一緒に昨夜のことを謝りに行った。ドミトリーに泊まっていた彼らはまだ寝ていたらしく、眠気眼で「気にしないで」と言ってくれた。寛大な人たちで良かった。

そのあと彼らと一緒に朝食を食べ、フランソワは次にどこへ行くのか宿の人に相談していた。彼も今日カッパドキアを出発するのに、いまだにどこへ行くのすら決めていなかった。韓国人の女の子たちも夜行バスで違う街へと向かうから便乗すればと言ったが、夜までカッパドキアでいるのが嫌らしい。結局、飛行機で世界遺産があるパムッカレに向かうということになった。
フランソワもなんの因果かイスタンブールまで一緒の飛行機で行き、そこで飛行機を乗り換えることになった。

カッパドキアの滞在は三日間と非常に短いものだったが、とても印象的だった。やはり無理をしてでも来てよかった。ただフランソワと初日のバスで会えなければ、一人で寂しく過ごすことになっただろうから、彼には感謝している。岩マニアでもない限り、真冬のカッパドキアはおすすめしない。レストランで出会った人も、ツアーガイドのトルコ人もみんな口を揃えて、「夏に戻って来なよ」と言っていた。言われなくてもそうする。冬のトルコはもうこりごりだ。

昔、スコットランドエディンバラに住んでいたとき、冬に来る観光客に「おまえら、なにしにやって来た?なんのためにわざわざ真冬のスコットランドにやって来た?」と心の中で思っていたものだ。きっとトルコの人も内心そう思っていただろう。

今後は夏にヨーロッパを旅しようと強く思った。
そして、冬にアジアか南米あるいは中南米がベストだろう。二度も強盗に襲われたブラジルにまた行く気はしないが、キューバあたりは面白いかもしれない。ちょっと足を延ばしてドミニカ共和国というマイナーな国へと足を運ぶプランも考えられる。

なぜかというと、子供の頃、ドミニカ共和国に無性に行きたくて「新婚旅行はドミニカ共和国」と決めていた時期がある。それをニューエイジカルチャーにどっぷりはまっていた女性に言うと、「そこよ!昔、アトランティス大陸があったところは!あなたはきっとアトランティスから来たのよ」と言われたことがある。ドミニカ共和国に行って、アトランティスに生きていた頃の記憶が甦ったらどうしよう?

僕の友人が沖縄の高名な占い師に占ってもらったところ「前世はヨーロッパの貴族」と言われたらしいから、「前世はアトランティス人」というのも悪くはない。でも常々思うのだが、だいたい人口の八割が普通の庶民なのだから、たいていの場合「前世は庶民」と言われるはずだが、そんなことを言う人は聞いたことがないのはなぜだろう?

何十年か経って前世占いをする若者に「前世はワーキングプアでした」や「一生、派遣でした」とか言う占い師はいるのだろうか?格差社会になっても、せめて前世だけは貴族やらアトランティスと言われたいものだ。

アトランティスの有名な候補地であるギリシャサントリーニ島へは18歳のときに行ったので、そんな色々と繋がりがあるドミニカ共和国という名前しか知らない国へ行くのもなんだか楽しみになってきた。ただ、とにかく冬のヨーロッパだけは避けようと思った今回の旅ではあった。