Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

原節子さんのお誕生日に寄せて

多くの人にとってどうでもいいことなのか知れないが、小津映画のミューズであった原節子さんが90歳の誕生日を昨日迎えた。そして、それが英国ガーディアン紙に取り上げられていた。

海外の人にとって日本映画と言えば今では「北野武宮崎駿・・・・・もっと詳しい人にとっては三池崇史青山真治黒沢清」ぐらいだと思うが、一昔前は「小津安二郎溝口健二黒澤明」の時代だった。(ちなみになぜかフランス人は青山真治の「ユリイカ」が大好きらしく結構な頻度でその話題になる)

日本にいると海外の人から見て日本という国がどのような国だと思われているか、無自覚になっている場合がある。もちろん、未だにサムライ、ゲイシャのイメージ、もしくはテクノロジーの国と見られているケースはあるが、質の高い映画それに漫画を輸出する国として結構高く評価されている。

今でこそ北野武映画が世界的に評価が高いが、それはあくまで「小津安二郎溝口健二黒澤明」が確固たる地位を築き上げ、その同じ文脈で語られているに過ぎない。特に小津映画と北野映画の類似点を指摘する評論家は多く、彼らが多用する空のショットになどについて熱く議論されている。

僕は10代の頃、「好きな女性のタイプは?」と聞かれたら迷わず「原節子」と答えていたほどのマニアだった。正直、演技はうまくはなかったが、その誇り高き気品というものがスクリーン全体から漂ってきており、神々しいほどの存在感があった。

日本のこのような誇らしき映画の歴史も知らずに、海外でよく日本のことを卑下している日本人を見かけるが、それは間違った認識と言える。これほど豊穣な映画の歴史を持つ国はじつはなかなかない。スピルバーグもカンヌでパルムドールを二度獲得した今村昌平監督の大ファンであることを公言しているし、タランティーノの日本映画フリークぶりはつとに有名だ。(彼は深作欣二を始めとして、石井輝男三池崇史などの日本映画が大好きで、彼のほとんどの映画で日本映画へのオマージュが散見される)

別に今更「自国に誇りを持て」などと時代遅れなことは言わないが、外国人とコミュケーションを成立させるにあたり、自国のことを語れない人間はかなりの高い確率で相手からナメられる。映画でも漫画でも、はては茶道でも華道でもなんでもいいが、自分が情熱を燃やせる国産品をひとつ持っておくと、外国人とコミュケーションは取れやすい。

西洋かぶれ(これも死語か?)がかっこいいと思っている時代錯誤の人間はいつまで経っても外国人とまともにコミュケーションなど取れないだろう。

では、改めてこう言おう。
原節子さん、お誕生日おめでとうございます」

あと10代の頃、鎌倉近辺をさまよい歩き、この辺りに住んでいるのだろうかなどと思いながら、周辺をうろつき回ってごめんなさい。