Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

優秀な人間とものすごく優秀な人間の違いについて

ワンズワードオンラインのためのSKYPE面接を何十人かこなすうちに、かなりこなれてきた。最もこなれてきた分野が、このSKYPEを使った面接かもしれない。

フィリピン人の方々は南国気質のせいか、驚くほどアットホームな感じで面接に挑むことが多い。面接中に家族は横切り、バックグランドには友達との楽しげな写真が飾られ、挙句の果てに人前で思いっきり鼻をかんだりする。
(「エクスキューズ ミー」の一言って本当に大切だと思う。人が話しかけているそばから、鼻をかまれると、萎える)

まず面接をひとつの戦争と例えてみたい。
そうなると、圧倒的に不利な立場なのは面接者側である。

面接する側の人間は、彼らに対して「履歴書」という圧倒的な情報を持っており、なおかつ僕が受け持っているのは最終面接なので、一次面接の印象および英語テストの結果も把握している。彼らはこちらに対しての情報を一切持たず、好印象を残しつつも果敢にも攻めて「合格」というゴールを決めないといけない。

たかだか英語のひとつやふたつ話せるくらいでは、僕からゴールを奪うことはできない。そんなことは英語の先生として当たり前で、それ以上の何かがないとものの五分も経たないうちに戦いは終わってしまう。

ここでもやはり自覚がものを言う。優秀な人間は多くの場合、自分を過大評価し、ものすごく優秀な人間は意外と謙虚だ。なぜならば、彼らは自分たちよりも優秀な人間がいることも自覚しており、それを知ることによって謙虚になり、努力を怠らない。

優秀な人間の多くがそのポジションに留まっているのには、二つ理由がある。ひとつ目は彼らは自分自身の現状に満足し、そこで努力することを辞めてしまっている。ふたつ目は他者の能力に関して無自覚であり、そのことによって無意識的に自己保身を図っていることに気付いていない。

高校の頃、僕は海外旅行の資金を貯めるために数多くのバイトを経験した。どれも個人的には全く興味のない、お金を稼ぐためだけのバイトだ。僕のバイト面接の時の戦略は「ひたすら相手が欲っしていることを口にする」ことだった。アンケート調査のバイトの時は堂々と「大学では統計の勉強する予定なので、そのための勉強のためにこのバイトに応募しました」と嘘をつき、喫茶店のバイトでは「将来的には飲食店を営みたいので、その勉強のために応募しました」と言い放った。

フィリピンの人たちを面接してきて思うことは、このような非常に嫌なタイプな人間がいないことだ。彼らはとても素直であり、素直であるがゆえの面接時の「アットホームな雰囲気」がある。けれども、面接時の対応は僕が高校生の時よりも稚拙だと思う。「相手が欲っしていることを言う」という面接時の振る舞いは、控え目にいっても最低な人間がすることだと思う。ただ面接という戦いにおいては、非常に効果的な戦い方ではある。

等身大の自分でこの仕事は十分と思う人間はすべて不合格にしている。ワンズワードオンラインはそれほど甘くはない。今の彼ら以上になる準備が出来ている人たちだけ、一緒に成長していきたいと思っている。

また同じように「こちらが期待することだけを気にかけている、あるいはかけている振りをする人たち」も不合格にする。(そのようなフィリピン人には会ったことがない。彼らは良くも悪くも、自然体だ)

結果、先生はいつも不採用になる。ただ、ひとつ言えることは、我々はこの結果に満足している。今、所属している人たちすべてがお気に入りの先生たちであり、どこに出しても恥ずかしくない。ほんの些細な、本当に些細なことかも知れないが、この形をずっと維持していきたいと思っている。