Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

清く正しく美しく生きるということ。

ブエノスアイレスに住み始めてから、ようやく三ヶ月が経過した。区切りがいいので、今までの自分の行動を振り返ってみたい。

1. AIRBNBを通して、今の住居を見つける。

2. ブエノスアイレスクレッグリストを通して、スペイン語の個人教師を見つける。

上記はブエノスアイレスに到着して一週間で見つけることが出来た。悪くない結果だと思う。そのあと、意外と難航したのが、テニススクールを見つけるというものだが、これはFACEBOOKを通じて、なんとか見つけた。(ブエノスアイレスのテニススクールはどこもプライベートクラブなので、会費が異常に高いか、家族や知り合いを通してでないと入会出来ない。テニスはお金持ちのスポーツらしい)

こうして考えてみると、100%ネットのサービスを通じて、今の生活を手に入れている。ネットリテラシーが高くないと、今どきの海外生活はうまくいかない。

ネットがそれほど普及していなかった10年前だと、こんな気軽に海外生活することを考えられなかっただろう。ネットリテラシーと英語力は、今どきの海外生活を満喫するのは必須の要素だと思う。

昔の掲示板はまさにリアルな掲示板だったので、その場所に行かないとその情報を手に入れることは出来なかったが、今ではすべての情報がネットにアップされているので、どこにいようともアクセス可能になった。

ブエノスアイレスに知り合った人たちとはみんなFACEBOOKで繋がっているので、時々こう思う。FACEBOOKも掲示板のひとつではないかと。

「自分」という掲示板がネットに掲げられてて、それが網目状に網羅されている。FACEBOOKを通じて、自分の友人、それに行動までが写真などでアップされ、白日のもとにさらされる。この時代は「あらゆることが可視化され、情報としてアクセス可能である」のだ。そのことを自覚していないと、この先痛い目を見るのだろうなと思う。

生きづらい世の中なのかもしれないが、結局のところ「清く正しく美しく」生きている人にとってみれば、別にどうってこともないのかもしれない。

1968年にウォーホルは「未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう」と言ったが、実際にそれは現実となった。しかし、もう有名になること自体には何の価値もない。どこかの国のアホ大臣みたいに失言すれば、一気に有名になるし、有名人が自分の勤務しているホテルやレストランに来たことをツイートすれば有名にはなれる。

しかし、そんなことにはなんの価値も意味もない。

「清く正しく美しく有名になる」ことにしか意味はない。そして、それが可能となるのは、人々に取って有益な人間、あるいは有益な情報、サービスを継続的に供給出来るかどうかと思う。