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旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

【書評】大震災のあとで人生を語るということ

アウシュビッツに送られたフランクル博士は、両親、妻、二人の子どもをガス室で失い、その後自分が奇跡的に生還したあと「夜と霧」という極限状態を生き抜く人たちの心理状況を冷静に分析した本を出版する。

収容所は弱肉強食の世界で、時には友人を売ったり、同じ囚人に対してひどい暴力や窃盗を行う人達のことが描かれている。

そうして、フランクル博士は「最もよき人々は帰ってこなかった」と淡々と記している。

この本の作者である橘玲は「自由とは選択肢の数」だと考えていた自分が大震災後、いかに自分自身が無力でなおかつ、その言説のすべてが絵空事だったかに思い当たる。

3.11の大震災では選択肢を持たない多くの老人が津波に流され、生き絶えた。それは彼らの責任ではなく、ただ1000年に1度の震災に自分たちが生きているあいだに遭遇したという現実のせいだ。

最もよき人々は帰ってこなかった。

震災で亡くなった人々は彼らの責任で死んでいったわけではない。彼らの多くは善良で、日々貧しいながらも精一杯生きていた人々だ。しかし、彼らは1000年に1度の大震災のせいで命を落とした。

「自由とは選択肢の数」だと考えいた橘玲にとってみれば、自分の言説がすべて絵空事に思えてしまうほど、インパクトのある事件だった。

本書はそこを出発点としながらも、「自分たちになにが出来るか」を説いた本だ。

国として、個人として今後様々なリスクを想定しながら、具体的にその対応策を記している。個人として世界市場に投資することや、国が同一労働同一賃金、定年の廃止を導入することを提案している。

彼は「最もよき人々が死なない」ために色々なことを提案している。この際の最もよき人々は、「日本をいい国だと盲目的に愛し、将来に対して漠然とした不安を抱えながらも、総じて今は幸せに生きている人たち」を想定している。

国は一人の力で変えることは出来ないが、個人個人の人生はその個人の意識によって変えることは出来る。今度、この国でなにか大きな変化、災難が起きるときは「想定していなかった」と言い訳しないように、自分たちに出来ることは自分たちで精一杯すべきだと思っている人たちにとっては必須の本だ。