Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

ミラン・クンデラから始まり、カズオ・イシグロ、それにポール・オースター、さらに村上春樹とニック・ホーンビーについて

英語学習のために多読は有効だというのは通説であり、全く正しい。

当たり前のように、外国語の本を読めば読むほど語彙力も付き、正しい文法も理解出来る。

多読という学習方法を行うには、なるべく自分のレベルより下、かなり下のレベルの本をたくさん読み、数をこなすことが推奨されている。だから、語彙数によってレベル分けされたラダーシリーズなどはとても有用だと思う。

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こちらをクリックすると、ラダーシリーズのページへと飛びます)

このやり方は正しい。圧倒的に正しい。

だが、正しいけど死ぬほど退屈だ。個人的には自分の興味のある本を読みたいし、自分の知らない知識を外国語を通して仕入れたい。それは人間として当たり前の欲求だ。

だから、上記のようなオーソドックスな多読の方法と違い、僕は美しい英語を読む訓練を推奨する。美しい英語とは、たいていの場合かなり簡易に書かれており、意外とそんなに難しいものではない。

例えば、原作者はチェコ人だけど、翻訳者の選定において恐ろしいほど厳しい基準を課しているミラン・クンデラの英語などはどこまでも美しく簡潔だ。

ミラン・クンデラは「翻訳とは解釈というアートである」と言い切り、翻訳者に関してとても厳しい注文を課している。だからこそ、英語に訳された彼の本はとても読みやすく、また美しい。

そして、日本と馴染み深いカズオ・イシグロもお薦めだ。ミラン・クンデラよりもよりハードルが高く、古典的な英語を意図して操るが、文章自体はとても簡潔で書かれていて、胸に響く。

この物語は「もう、スティーブンス、なんなのよ、あんた。いい加減にして告白しろよ、あほ!」と思いながらも、心にずっしりと響く名作だ。そういえば、村上春樹カズオ・イシグロとイギリスで会い、「やっぱり思った通りの人物だった」と評していたが、どことなく自分の頭の中では、彼ら二人は共通点が多いように思える。ようは「自国にいながら、常に異国人」ということだ。

最後に文学なんてクソの役にも立たないと思っている方には、ニック・ホーンビーがお薦めです。

特にこの本は、「本当に男ってどうしようもない生き物だな」と痛感します・・・・男って、ほんと馬鹿で生きている価値がないと心の底から思ってしまう、ある意味名作です。

イギリスびいきではないですが、イギリス人作家が続いたので最後に紹介したいのは、僕が最も好きな作家、ポール・オースターです。

でも、ひとつ悲しいお知らせがあります。ポール・オースターの本はすべて日本語が読んだほうがいいです。なぜなら、柴田元幸氏の翻訳が素晴らしすぎるから。僕が最も好きな彼の本である「孤独の発明」ですが、原書も読みましたが柴田氏の翻訳のほうがはるかに素晴らしい出来です。

結局、翻訳というのはミラン・クンデラが言うように解釈のアートであり、ときには本物である原書をも上回ることもあるのだなと思った作品でした。

ちなみに僕はポール・オースター本人と19歳の頃に会ったことがあるだけではなく、個人的に会話をし、かなり貴重な体験をしました。たぶん、これは彼が自分の小説のテーマとしてよく取り上げるシンクロニシティな出来事だったのですが・・・・それはまた今度。