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Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

学びのフォーマットについて

メキシコ人は陽気な人たちだ。

そして、とにかく飲み、踊る。

彼らはもちろんタンゴなど眼中にはなく、サルサ大好き民族だ。

ホームパーティーに呼ばれると、たいてい酔いが回ったところで、「サルサでも踊ろう」ということになり、みんなで踊り始める。

たいていメキシコ人女性は「ワタシ、サルサ踊れるから」というが、ほとんどステップなど知らないし、正式にサルサなど習ったことなどない。(強いて言えば、「何か習う」という発想があまりない)

ただ音楽に合わせて、踊る、それだけだ。

それはそれでいいのかもしれない。

で、そんなサルサ大好きメキシコ人の代表アビマエルという友人に誘われてサルサ教室に通い始めて、早一ヶ月が過ぎた。サルサなど一ミクロンも興味なかったし、「自分、タンゴなので」と高倉健さん風なスタイルで「サルサ踊らないの?」という誘いはすべてお断りしていた。

しかし、メキシコシティに到着して初めて出来た友人の「サルサ教室行かない?」という誘いを断るほど、非社交的な性格ではなかった。ただひとつ知らなかったのは、アビマエルが通っているサルサ教室は週三回もあり、一回休むと先生から「ユウキ、木曜日空いている?補講するから」と有無を言わさず通わされるスパルタ・サルサ教室だったことだ。

(タンゴ2年やっているといったので、「こいつ筋ある」と思われて、変な期待をされているフシもあるが)

我々の先生は齢60近くだと思われ、誰もが恐れる気性の持ち主で、ステップがうまく踏めないと、「なんでそんなことも出来ないの?」的な攻撃をしてくる。そしてとにかく気分屋なので、日によってかなり様子が違う。

ただ周りがいい加減なメキシコ人だらけのなか、アビマエルと自分は皆勤を続けて、スパルタなアリシア先生にはけっこう気に入られ、そのせいもあり、かなり上達した。(アビマエルは自分よりも3,4ヶ月早く始めているので、自分よりも全然うまい)

そうして、サルサのサの字も知らないメキシコ人女性たちと浮かれたパーティーなどで踊ると、「ワタシ、サルサ踊れる」と言っていた人たちの踊れなさにビビる。

ステップの一つも知らないし、こっちがサルサ教室で習ったコジャレたステップを繰り出すと、「これはサルサじゃないわ」とケチをつけられる。(自分が知らないことは、相手が悪いと決め付ける)

たしかにタンゴもサルサも男性がリードするので、女性はステップを知らなくてもある程度は踊れる。特にサルサは男性のリードがすべてといっていいほど、重要だ。上手な男性と踊れると素人でも踊れてしまうからタチが悪い。

しかし、それにしてもその溢れんばかりの自信はどこから来るのか不思議でしょうがない。

自分、スパルタな先生にしごかれながら、週3回通って「ヒイヒイ」言いながらサルサ習っているのに、なぜか全く踊れないメキシコ人女性から「あんた悪い」と言われる始末なのだ。

これはどこかで経験したと思ったら・・・・・あっ!アルゼンチンでも同じだ!

タンゴでもアルゼンチン女性は踊れもしないのになぜか自信満々で、もう2年も血反吐を吐く思いでタンゴを習った日本人男性に情け容赦なく「ダメ出し」をしてくる人たちが多い。

たぶん、これがラテンの人たちの幸せの源泉なのかもしれない。

いわく「自分は悪くなく、相手が悪い」というものだ。

たいていはこんな感じだが、もちろん謙虚に、本当に謙虚に学んでいる人たちも多い。

アビマエルもそうだし、また先日知り合ったクラシックダンスの先生をしているボリビア人は、サルサもタンゴもたいしたステップは知らないが、学ぶ姿勢が素晴らしい。

彼らに共通しているのは、何かを本気で習った経験があるということだろうか。

いわば、彼らのなかには「学びのフォーマット」があり、何かを始めるたびにそれを当てはめ、謙虚に時間を費やし、人に教えを乞うのだろう。

これからは自分ももっとそんな謙虚な人たちと一緒に、もっと謙虚になって、色々なことを学んでいきたいと思っている。