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旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

三池監督から見る日本の変態的世界:ラテンの国にて

20年前は北野武だった。 当時、ロンドンに住んでいたが、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を取った「HANABI」はロンドンを席巻し、批評家はもちろん、身近な友人までもが絶賛していた。

それから20年が経ち、ここメキシコで時々日本映画の話になる。 彼らの中では北野武はすでに現在進行形の監督ではなく、過去の偉大な巨匠となり、有名どころでは宮崎駿、映画に詳しいメキシコ人ならば、園子温、さらには三池崇史の名前が挙がる。

そして、先週、三池崇史の大ファンであるというメキシコ人と会った。

北野武が大好きなスイス人、青山真治の「ユリイカ」に入れ込むフランス人などはとても身近にいたし、彼らがなぜそれらの映画に惹かれるのかは理解出来た。それについ最近、是枝監督の「そして父になる」がカンヌで上映されて喝采を浴びた。

それらの映画はヨーロッパ的な感性から見れば、どこかエキゾチックだったし、彼らが大好きな小津安二郎的な感性を引き継ぐ、正統な日本映画だったと思う。しかし、三池崇史は違う。

三池映画のある意味、変態的な金字塔映画「カタクリ家の幸福」を見れば、それは分かる。彼の映画の根底にあるのは、「アンチ日本映画」であり、正統な日本映画など「くそくらえ!」だと思っているに違いない。B級映画というカテゴリにもどこか入りきらない、収まりが悪い映画を監督する人だ、三池監督は。

そもそも「来た仕事は断らない」というスタンスで仕事をしているので、海外で人気が高い作家性の高い日本人監督からは一線を画している。そして、そんなスタンスで撮った「妖怪大戦争」という妖怪と神木君が出てくる映画で、なぜかベネチア映画祭に特別招待されている。 (ちなみにわざわざ劇場まで見に行ったけど、「小豆・・・・」という岡本隆史のセリフしか覚えていない)

ただこの感性はやはり誰の真似でもなく、ある意味、このごちゃ混ぜ感はどこか日本的なのかもしれない。多作な監督だけに当たり外れは多いが、仕事として映画を撮っているにも関わらず、どこまでも個性的な映画を撮る異色の監督だ。

よもや、メキシコで三池監督の大ファンに会う日が来るとは思わなかった。

中南米や南米の20代後半から30歳前半の世代は、子供の頃に「聖闘士星矢」「キャンディ・キャンディ」、それに「キャプテン翼」など日本のアニメを見て育った世代だ。(だが、今の子供達は日本のアニメを見る機会がなぜかないらしい。テレビの権利問題があるのだろうか)

そのような下敷きがあったから、三池ワールドにすっかりハマってしまったのかもしれない。

日本でそれほど熱く三池監督の作品について語る日本人に会ったことがない。 それが、ここメキシコでは三池監督のみならず、園子温監督や、深作欣二監督についても熱く語れる人たちがいる。

世界は広く、そして狭い。