Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

千葉での新生活について

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ブログとnoteの同時更新が当たり前になってきた。

しかし、こちらのブログはもう少しゆるい感じで続けていたい。

 

もう気が付いたら、8月も終わりに近づいている。

時間の流れる早さにびっくりしているが、毎年同じことを思ってはいる。

 

都市伝説界隈で話題になった7月5日はあっさり過ぎ去り、何事もなく日々は過ぎていく。個人的にも千葉に引っ越しはしたが、それほどライフスタイル的には影響を受けてはおらず、やっていることは変わらない。

 

サロンに行き、施術をし、家に帰ったら家族のためにご飯を作る。(プラス1増えたけど。)

 

そして、休みには温泉に行き、タンゴを踊る。これをひたすら繰り返しているだけだ。

またたまに海外遠征もする。

 

少しづつだけど、前へと進んでいる気はする。

同じように見えて、全く同じ毎日は存在しない。四季の移り変わりと同じように日々変化する。

 

きっと来年の今頃も思いがけない展開になっているだろう。

今のうちにその準備だけはしていきたい。

ロス最終日。旅の終わりと、次のはじまり。

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最近は主に note を更新しているので、こちらのブログをどうするか思案中。とはいえ、どちらも続けていくのがいちばん良さそうだ。

 

アメリカ滞在も今日が最終日。カナダ〜アメリカと続いた旅も、これで一段落。

 

日本に戻った翌日には、お義父さんにとっての一大イベント「新盆」。もはやフェスのような賑わいになりそうだ。

 

実はnoteには書いていない話。

トロントで2回、ロサンゼルスで2回、タンゴを踊りにミロンガへ行った。トロントはまずまず。ロスは……正直、心がくじけそうになるレベル。ワークショップ参加者の中にタンゴダンサーがいて感想を求められ、「なかなかひどい」と素直に答えたら、みんな同意していた。

 

東京、ひいてはアジアの人は何事にも真面目なのだろう。ことタンゴに関しては、やっぱり東京が一番なのかもしれない。

 

食生活はほぼ自炊。

トロントは妻と一緒だったが、ロスは一人なのでAirbnbのキッチンで簡単に。イベント日のランチとディナー以外は自炊で過ごした。普段は朝食を取らないけれど、ロスでは毎朝ベーコンエッグ。ベーコンがやけに美味しかった。

 

調理器具がほとんどなかったので、パスタか肉を焼く程度。ただ、自炊すると身も心も落ち着く。

 

そして今回の旅の相棒は、「ほりにし」

アルゼンチンのように外食がいまいちな国では調味料一式を持参するが、今回は「ほりにし」一本で十分だった。

 

肉、ベーコンエッグ、野菜、何にでも合う魔法のスパイス。日本では鶏ももに振ってオーブンで焼くのが定番。

現地の人いわく、ロスの外食も当たり外れが大きいらしい。食に関しては、やっぱり日本は強い。

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次回の渡米は年内の予定。

カラダナオルのアメリカ展開がどう広がるか楽しみだし、日本でも何が待っているのかワクワクしている。明日は早朝便なので、今夜のミロンガは見送り。続きは東京で。

 

 

 

 

 

トロントにて。

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Noteにも書いたが、今はトロントに滞在している。3日に到着し、明後日からはロサンゼルスに行く予定だ。ひょんなことでロスで、カラダナオルのワークショップ開催することになったので、そのための渡米だ。

 

身内に不幸ばかり続いているが、これからはそれを取り戻すかのように、いいことの連続であることを祈っている。

 

カナダについて、ちょっとしたこといいことといえば、食事がとても美味しいことだ。

 

(グレン・グールドスタジオの前で記念撮影。毎日、目黒のサロンで彼の「ゴールドベルグ協奏曲」をレコードでかけているので、感慨深い。

 

意外と北米は見どころが多い。

ナイアガラの滝には本当に感動したし、イグアスも行ったことがあるので、今度はビクトリアの滝を制覇して、世界3大瀑布を制覇するのも一興かもしれない・・・・人生の楽しみは増えるばかりだ。

リフォーム終了のお知らせ。

もはやライフワーク的に小雪ちゃんの死、お義母さんの死、そして千葉への転居についてnoteで綴っている。

 

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こんなに続ける予定でもなく、ほんの軽い気持ちで書き始めたら止まらなくなってしまった。もっと時間が経った時に家族の癒しになればと願っている。

 

お義父さんも日々、気持ちが落ち着いてきているが、時々魂が抜けたような表情をしている時がある。まあ、きっと魂抜けているのかもしれない・・・・

 

リフォームも終わり、あとは引っ越すだけだ。

昨日は妻に、「念願のマイホームゲットだね!」といったら、「生まれた時から住んでいるし!」と言われた。

 

のどかな風景があたりには広がっているが、時々夜中に暴走族が走っている。もう絶滅していたと思っていたが、まだ存命のようだ。

 

引っ越しは来月末だが、それまではずっと中目黒と千葉への行ったり来たり・・・・というかそれ以降も行ったり来たりなのだからあまり変わらない。

 

お義父さんの副菜主義のおかげで、料理の腕は日に日に上がってきている。

またふとした思い付きで、つけ麺、担々麺も作ってみた。

 

我ながらお店クオリティだったが、ちょっと面倒くさい作業もあるので、余裕がある時にしか出来ない。

 

一体、何を目指しているのかわからないが、そういう日常から喜びを見つけるのが幸せというやつだろう。

初めてのnoteマガジンについて

地味にnoteに連載している。

ただ、この環境の変化を自分なりに整理するため、また理解するために書いている。

 

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お時間あれば、ぜひお読みください。

来年は今頃、こんな殊勝なことを書いていても、バンバン海外に行っている気もするのですが・・・・・

明日のための、その悲しみについて、エッセイをnoteに投稿しました。

最近、noteでも書いており、ふとした思いつきで今年1年を振り返ってみた。確かに二人も亡くなってしまい、また千葉へと移住することになり、1年前に比べると大きな変化だ。

 

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妻が、「あと20年もしたら、みんないなくなる。」とまだ存命の両親について言ったが、それはその通りだろう。自分の父親は82歳なので、さすがに100歳は厳しい。

 

最近、体温のコントロールができなくなったらしく、今日のような気温20度でも寒くてカーディガンを羽織っている。

 

こちらでもできる限りのことはするが、このあいだ会った時には両親には何かあったときのためにきちんと準備をお願いした。

 

それにしてもこの1年は大きなものを失ってしまったが、失うこともあれば得ることもある。人生、そんなものだ。

 

笑って生きていれば、きっと楽しいこともある。

そんな達観を込めた作品ですので、お時間あればお読みください。

 

 

49日と日帰り温泉。The 49th Day Has Come to a Close

Scroll down for English.

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今日で49日が終わった。

お義母さんが亡くなって、もうそんなに経ったことに本当に驚きの念を禁じ得ない。

 

今、ふと思い出されるのは、お義母さんが亡くなってみんなショックと悲しみを抱えて、にっちもさっちも行かない頃、お義父さんを誘って3人で日帰り温泉にいったことだ。

 

お義父さんのショックたるや3人姉妹も自分たちの悲しみを隅に追いやるしかないほど、それはもう深刻なものだった。

 

だから、ちょっとした気晴らしになればと思い妻とお義父さん、3人で温泉に行ったのだった。その温泉ではお義父さん湯船に浸かりながら何気ない話をずっと小一時間ばかりして、それから風呂から上がり夕食をその施設で取った。特に美味しい食事ではなかったけど、お義母さんが亡くなってからまだ1週間も経っていなかったのに、もうすっかり我々は憔悴しきっていた。

 

こういう形の不幸もあるのだなと、漠然と思った。

これほどまでに悲しみに支配される人が近くにいると、どうしていいか分からない。慰めの言葉など、見つからない。

 

だからというわけではないけど、気晴らしになればと温泉に誘ったわけだ。しかし、その日の夜、家に帰って寝る段になったお義父さんが、「今日は久々にゆっくりできた、ありがとう。」と言ってくれた。

 

ああ、この人は自分の人生最悪の時でも人の気持ちを汲むことができる人なんだなと思った。

 

温泉に浸かりながら、他愛もない話をしたことがそれほど人から感謝されることだとは思わないし、実際慰めにもならないだろう。でも、我々はいつまでも悲しみに明け暮れるわけにはいかない。毎日夜が終わり、朝がくれば、また新しい日が始まるのだ。

 

どんなに悲しみに明け暮れてもお義母さんは生き返らない。残された我々は、自分たちが選択できるベストだと思える選択をして、その後の人生を生き抜かねばらない。

 

お義父さんとの同居は、正直リスクしかない。

何かちょっとしたことがあって、介護が必要な事態になるリスクもある。おじいちゃん、お義父さんの実の父親は認知症になり15年ボケ倒した。そんなリスクしかない選択をしてしまっているわけではある。だが、それに立ち向かう覚悟はあるし、とにかく全力を尽くすしかない。

 

人が人を成長させるのは環境の変化しかない。火中の栗を拾うではないが、人生後半に差し掛かって、そういうリスクを取るのも自分らしい生き方だと思っている。

ただ、自分は治療家ではあるので、そのリスクを挑戦と受け取り、戦う覚悟はできている。

 

そして、また昨日の夜、お義父さんと3人で日帰り温泉に行った。

今度は、お義父さんは自分勝手に色々と動き回り、二人で湯船に浸かって話した時間は皆無に近い。それは自分が知るいつものお義父さんの姿だった。お義母さんもお義父さんと一緒に山登りを行っては、「私はお花とか愛でたり景色を眺めたりしながら山を登りたいのに、お義父さんは自分一人だけどんどん先へ先へと登るのよ!」と愚痴を言っていた。

 

49日経って、ようやくお義父さんも正気を取り戻したようには思える。もちろん、まだまだ油断は大敵だが、前回の日帰り温泉に行った時のような危うさはなかっただけでも個人的には喜ばしいことだった。

 

そうやって月日は流れ、人は悲しみを癒し、我々はいつの間にか前を見て歩き出す。今日よりもより良い明日になるように、この瞬間瞬間を精一杯生きるしかないのだろうなと思う今日この頃だ。

 


The 49th Day Has Come to a Close

 

It’s been 49 days since my mother-in-law passed away.

 

It’s truly hard to believe that so much time has already passed.

 

What comes to mind now is the day, not long after her passing, when my wife and I took my father-in-law to a day-use hot spring.

Everyone was in shock and grief at the time—completely lost.

My father-in-law, in particular, was so deeply affected that even his three daughters set aside their own sorrow to focus entirely on him.

 

So we thought a change of scenery might help, and the three of us went to a hot spring together.

 

He soaked in the bath for nearly an hour, casually chatting the whole time.

Then we had dinner at the facility. It wasn’t anything particularly memorable, but it had only been a week since my mother-in-law passed, and we were already completely drained, physically and emotionally.

 

I remember thinking—so vaguely, but clearly—that this, too, is a kind of grief.

 

When someone around you is consumed by sorrow to such an extent, there’s not much you can do.

No words of comfort come to mind.

You just sit beside it, quietly.

 

That’s why we invited him out that day—to do something, anything.

And that night, as he was getting ready for bed, he said quietly,

“Today was the first time in a while I felt I could relax. Thank you.”

 

That’s when I realized—this man, even in the worst moment of his life, could still recognize and appreciate the feelings of others.

 

I never imagined that soaking in a hot bath and having idle conversation could mean so much.

I doubt it offered much comfort.

But even in grief, life doesn’t stop.

The sun still rises, and a new day begins.

 

No matter how much we mourn, my mother-in-law will not come back.

And we, the ones left behind, must do what we believe to be best, and live out our remaining lives.


Living with my father-in-law is, honestly, full of risk.

 

At any moment, something could happen that would require full-time care.

His own father, my wife’s grandfather, developed dementia and remained in that state for 15 years.

 

We’re knowingly stepping into that same uncertainty.

 

But I’ve made my peace with that.

I’m prepared to face it.

And as someone who heals others for a living, I see this not as a burden, but as a challenge—an opportunity to act with purpose.


Just yesterday, we went to the hot springs again—the three of us.

This time, my father-in-law was back to his usual self: doing things at his own pace, wandering off on his own, and we barely shared a moment in the bath together.

 

That, too, was familiar.

 

My mother-in-law used to say, “I want to take my time on a hike—admire the flowers, enjoy the scenery—but your father just charges ahead, not waiting for anyone!”

 

Forty-nine days later, he seems to have returned to himself.

Of course, it’s still early.

But at least this time, he didn’t feel as fragile as he did on that first trip.

And for that, I’m grateful.


Time passes.

People begin to heal.

And somehow, without noticing, we start to look forward again.

 

All we can do is live each moment with everything we’ve got,

hoping tomorrow will be a little brighter than today.