Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

Time, Travel, Morocco(2)

記憶は混濁する。 結局、人間は記憶のうえで存在しており、自分以外の人々を思い出すのはそういった記憶のうえでの話だ。 毎日、顔付き合わすことのない膨大な数の人々は、その記憶のうえでのみ存在することになる。

あんなに色鮮やかな記憶だったモロッコの思い出も今となっては、すっかり色あせた。 だが、思い出す必要はない。 忘れることはないのだから。 ただ、ひとつひとつの映像が記憶の奥底に蓄積されるので、ビビットに視覚化されるまでに時間がかかるだけだ。

砂漠に辿り着くまでは、孤独な旅だった。 誰とも知り合うこともなく、とくに知り合いとも思わなかった。 長旅の疲れもあったし、写真を静かな環境で撮りたかった。

Morocco, desert

砂漠までラクダで二時間のところまで来た。 長い道のりだったが、ようやく砂漠が眼前に広がっている。

砂漠の村に向かう一行のなかに日本人とブルガリア人とのハーフの女の子がいた。 その子と他愛もない会話をしながら、ふと気付いたことはまともに会話するのが日本を発って初めてという事実だ。 たまにはそんな静かな旅もいいだろう。

Morocco,kasumi

砂漠の光景は、現実感が湧かないほど圧倒的だった。 目の前に出来の良い映画が上映されているかと勘違いするほど、現実感がなかった。 ダリの絵のような光景があたり一面に広がっていた。 僕の見た風景のなかでも、ピカイチの迫力だ。 一生に一度は砂漠に来てみるものだと心底思った。

Morocco, desert

宿泊場所のベルベル人のテントに着く頃には、あたりは真っ暗になっていた。 そして、急激に寒さが増していた。 空を見上げれば、気持ちの悪くなるくらいの星が大空に広がっている。 でも、ロマンチックな気持ちになれないほど、寒かった。 人間、哲学的になったり詩を読み上げる気分になるには、ある一定の条件が満たされないと駄目らしい。 砂漠で露天風呂でも経営すれば儲かるのではないかと考えたりしたが、星空を見上げながら永遠の愛について考えようなんてこれっぽっちも思わなかった。

ただなぜか頭の中には「星の王子さま」が浮かび、「本当に大切なものは目に見えないんだよ」と囁いたりしたが、だからといって寒さは一向に改善されず、一睡もせずに朝を迎えた。

僕の隣のテントにはフランス人の中年カップルが泊まっていたのだが、驚くべきことに一晩中そのテントから獰猛な動物のようないびきが聞こえてきた。 チーズを食べると保温効果のある皮膚になるのだろうか? とにかく僕はそのいびきを聞きながら、星空が透けて見える布製テントで一晩を過ごしたわけだ。

つづく

Morocco, the rising sun