Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

DAY TRIP

たしかに8時半が約束の時間だったはずだ。
しかし、迎えにくるはずのバスは10分待っても20分待っても来ない。
場所を間違えたのかと心配になるが、昨日予約した旅行代理店はここのはずだ。

9時を回って頃にようやくバスが来て、「ユウキ!」と呼ばれた。今回のツアー客には日本人は一人もいないようで、その名前が珍しかったのかもしれないが、自分の名前を呼ばれたときはちょっぴり嬉しかった。それで機嫌がよくなるなんて、人間なんて所詮現金な生き物だ。

バスといっても、12人乗りのワゴン車でかなり窮屈だった。すでに席についている人たちを見渡すと、総勢9名だった。僕の隣に座ったのはクリスというドイツ人で、その隣には彼の友人のセヴィーナが座っている。最初はドイツ人のカップルかと思っていた。しかし、話を聞くとセヴィーナはサンパウロ近郊の街に留学しており、ドイツに住んでいる頃からの友人だったクリスがブラジルに来たので、せっかく二人揃ってブラジルにいるのだから、一緒に旅行しようということになったらしい。

ツアーガイドの説明によると、今日のツアーでは四ヶ所回るとのことだ。洞窟や滝、それに湖や大きな崖など盛りだくさんらしい。ツアーに参加してから、ツアーの内容を知るのもなんとも間抜けな話だが、仕方がない。

最初に行ったのは滝がいくつか連なるところで、みんな水着に着替えて川に飛び込み非常に気持ち良さそうだ。当然、どこに行くかも知らなかった僕は水着なんて持参していなかった。気持ちよさそうに水に浸かる彼らを見ているだけで、それでも十分に気分が良かった。

Brazil, DAY TRIP

今回の旅のために購入したキャノンのG9というコンパクトデジカメで、適当に写真を撮っていると、それに興味を覚えたオランダ人のシージーが声をかけてきた。彼はカメラが好きなのか、あるいは写真を撮るのか好きなのか分からないがG9を手にとって「こいつはすごい!本当にいいカメラだ!」と感嘆の声を上げた。

坂道を登りながらG9を片手に色々といじくっていたシージーは急に怖くなったのか「落としたら大変だから、車の中でゆっくり見せてくれ」といった。
僕は「心配ないよ。万が一、落として壊したらぶち殺すから」と軽口をたたきながら、急勾配な坂道を登っていった。

シージーはリオで三ヶ月ほどNGOを通して歯科研修医として働いていたが、それも終わりこうして旅をしているとのことだった。大学はあと五ヶ月で卒業だけど、単位をひとつ残していて、それを取るためにオランダに帰ろうとすると、残念ながらリオのカーニバルには参加できないとのことだった。でもアムステルダム出身のシージーはそんなことはさておき、カーニバルには参加するとのことだ。いざとなれば、お金を払ってリオの医師に偽の診断書を書いてもらい、病気でどうしても授業に参加できなかったというつもりらしい。

自分が彼でもそうすると思う。歯科の先生方は堅物が多く、授業を一回でも欠席すると単位を落としてしまうこともあるという。一生のあいだにリオのカーニバルを参加できる機会なんてそうないだろう。偽の診断書で騙せるほど甘くはないかもしれないが、彼はとても愛嬌があるのでなんとかなるのではと思った。
(ふと宮本輝は「成功するには運と才能ともう一つ。運だけではダメ、才能だけでもダメ、運と才能が揃ってもまだダメ。そこに愛嬌がプラスされなければダメだ」と書いていたことを思い出した。たしかにそうだろうなと思う。だがよくよく考えてみるとひどく残酷な話だ。いくら努力してもその三つとも手に入らないのだから)

リオに三ヶ月滞在していたシージーは29歳で、サンパウロ近郊に留学しているセヴィーナは26歳とのことだった。ドイツでエンジニアをしているクリスもシージーと同じ29歳とのことだった。ヨーロッパの人は、自分の完成に時間をかけるなと思う。どの人もそれぞれが辿ってきた道が異なり、個性に富んでいる。自分と他人をあまり比較しない文化で育った特権だろうか?

車に乗り込み、次の目的地に向かう。
次は洞窟探検だ。生まれて初めての本格的な洞窟探検だった。それはそれで感慨深いものがある。こういうところでは一人では絶対来ないので、ツアーに参加してよかったなと思った。

Brazil, DAY TRIP

洞窟のあとは、湖に寄って近くのレストランで昼食を取り、最後は夕日がきれいだという崖をみんなで登った。

へんに観光地化されているところに来ると、どうすればいいか戸惑うことがある。本当に心を打つ風景の場合、素直に感動するだけだが、それ以外の場合はただなんとなく時をやり過ごすことが多い。今回は気の合う人たちと色々と話しながら、やれ洞窟や湖だと回ったのでそれなりに楽しめたが、それは運が良かったというべきだろう。

Brazil, DAY TRIP

本当に壮大な風景などは本来ならば誰かと一緒に見るべきなのかもしれない。だが、優れた写真家は、実際にそこに行ったことない人でもあたかもそこにいるかのような、あるいは同じことを体験しているかのような再現性を持ったイメージを捉えて、我々に提示する。アニー・リーボヴィッツやジョナス・ベンディクセンはそういった写真家たちだ。彼らの写真を見ていると、写真というのはそのとき撮影者が込めた感情までも見事に写し出すのだなと感じられる。

光や構図よりもなによりも、その瞬間を捉えるということがいかに重要か最近よく考える。

その瞬間を捉えるには常にカメラを持って歩かねばならず、そういった意味では運も才能もそういった小さな努力の積み重ねなのかもしれない。
(それでもやはり愛嬌だけはどうにもならないが・・・・・)

夕日を堪能した僕たちは崖を降りて、車へと戻った。
ここがツアーの最終地点だった。

Brazil, DAY TRIP

仲良くなった僕たち四人組みはせっかくの縁なので、一緒に晩御飯でも食べようということになり、それぞれのホテルに一度帰りシャワーを浴びてから落ち合う約束をした。

最初の夜にカイとカイピリーニャを飲んだレストランで食事をすることなり、僕たちはいくつかの肉料理とサラダを注文した。話の中心はやはりシージーのリオ滞在生活で、彼が大晦日のパーティーに呼ばれた話を聞かせてくれたり、南米の女の子違いについて色々と語ってくれた。

(ビデオでシージーが話している内容は、大晦日に一年間南米を旅しているスコットランド人の女の子8人組みのアパートでパーティーがあり、そこに行ったが女の子たちは完全に出来上がっており、なんともひどい夜だったとのことだ。まあ、8人の女の子が一緒に旅しているという時点でどうかしていると思うが)

彼がブラジルの女の子がいかにアルゼンチン人の女の子と比べて開放的かと語っていると、セヴィーナがブラジルで見たドキュメンタリー番組の話をしてくれた。その番組はクラブに踊りに行く前の女の子をインタビューして、果たしてその女の子たちがクラブで何人の男とキスをするのか、という馬鹿げたことをドキュメントする番組だったらしい。結果は、最高で一晩40人の男とキスをした女の子がいたとのことだった。

シージーも「ほんと、そのとおりなんだよ。こっちにキスをしていたと思ったら、次の瞬間には違う男とキスしているから、すごく混乱してしまうよ」とそのドキュメンタリー番組の正しさ自らの体験を持って証明してくれた。

このままブラジルに住むのも悪くはないかと思い始めていたが、ポルトガル語ができない自分はいいカモになるのがオチなので、それは断念した。

シージーは深夜のバスで次の目的地に向かうということで、せっかくの金曜日の夜だったが、その日は早めに解散した。

明日はいよいよ再びサルバドールだ。
わがくそったれサルバドール。
この平和な日々とお別れだと思うと、いくぶん感傷的になったが、もうすでにサルバドール発イグアス行きのチケットを予約しているので、明日サルバドールに向かわなければならない。

今日で平和な日々とはお別れだ。