Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

「GOOD ORDINARY PEOPLE」

写真展の告知 2009年6月29日から7月31日まで下記にて写真を展示します。

□ 場所:社団法人日本外国特派員協会(通称:プレスクラブ)
■ 住所:東京都千代田区有楽町1-7-1 電気ビル北館20階
□ 連絡先:(03) 3211-3161
■ 展示内容:GOOD ORDINARY PEOPLEおよびモロッコ、ブラジルの写真

横浜にある松原商店街に行くのは、どこか遠い知らない国に行くぐらいの興奮を僕にもたらしてくれた。そのきっかけとなったのは、小川さんに出会ったことだ。彼は戦後まもなく博打にはまり、その腕はヤクザに見込まれるほどだったが、日々の放埒な生活が彼の体を蝕み、結局はその生活をすっかり諦めて本屋を経営することになった。僕は商店街に行くたびに彼の本屋を訪れ、ときにはかき氷やラーメンなどをご馳走になりながら、話しを聞いた。

人は誰でも物語をそのうちに内包している。この松原商店街にいる人々は、特に語るに値する物語を内に秘めているように見えた。だから、5年間のあいだ何十回も商店街を訪れることになったのだろう。

当時、僕はファッション業界に片足を突っ込んでいて、疲弊していた。その価値観や周りの人々には常に違和感を覚えていたし、かといってそれに対抗するだけの力もまだなかった。ただ疲弊して、どうすればこの世界に自分を打ち立ていくのかまるっきり見当もつかなかった。

そんなとき彼らに出会った。
少なくても商店街にいる人たちは、当時僕が知っていた人たちのようによそよそしくなく、無理をしていなかった。生活をより楽しんでいるように見えた。

金はなかったが時間は腐るほどあった。だから巡礼のように僕はたびたび松原商店街を訪れ、街とその人々を記録した。

松原商店街を初めて訪れて10年。
今、ようやくそのときの作品が形になって心から嬉しく思う。
まだあのときと同じように何も打ち立てていないが、この作品をこうした形で世に出すことによって初めて自分らしさというものを世間に公表できた気がする。

ogawa

当然、僕はあの当時より10歳年を取り、今年で35歳になる。
あの当時思い描いたような人生をまるで築けず、いまだ持って正直なところ何をどのようにしたいのかよく分かっていない。商店街の人々を損得抜きで撮り続ける純粋さも失われてしまった。30歳を過ぎると失うもののほうが多くなると言うのは本当なのかもしれない。

僕はある意味、また疲弊しているのかもしれない。
僕が10年前にこの商店街を撮ることは必然だった。何も考えずに、自分がどこに行くのも分からず、ただ儀式のようにひたすら撮った。時々、自分が何かとんでもなく恥ずかしいことをしている気にもなった。こんなものを撮って何になるのかと自問もした。答えはでなかった。

あれから10年の月日が流れ、僕が撮った作品のなかで最も評価の高い作品が、この商店街の写真であるという事実に驚かされる。この事実に何かしらヒントが隠されているのかもしれない。

現実はひとつだが、そこに当てる光の当て方次第で、物事は違った意味を持つことがある。多くの人は目の前の出来事に、あるひとつの見方しかしない。例えば、商店街はものを買う場所であり、けっして写真を撮る場所ではないというように。

内ある渇望やら飢餓感などは持ち合わせていないが、誰もがすでに見聞きしていることに、違った光を当てる作業なら僕にもできるだろう。もしかしたら、そんな作業の繰り返しが10年後に大きな実を結ぶかもしれない。愚直にこつこつ、そのような作業をこれからも行っていきたい。