Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

十年わからなかったことが、一年でわかった

昨日、久しぶりにタンゴの練習をした。

練習というより、タンゴ友達に教えている。

 

教え始めてから、もう一年になる。

最近、ようやく踊りが形になってきた。

 

本人も、とても満足そうだった。

 

 

身体の使い方には、原理がある。

 

上下。

左右。

前後。

 

互いに反対方向へ働く力を使い、身体の中に引っ張り合いをつくる。

そうすることで、手足だけではなく、体幹から動けるようになる。

 

これはタンゴに限った話ではない。

 

多くの踊りやスポーツに、共通する身体の使い方だと思う。

けれど、それを言葉で説明する人はあまり多くない。

上手な人は、すでに身体でできている。

 

自然にできているからこそ、どうやっているのかを説明する必要がないのかもしれない。

 

 

私は、自分が長い時間をかけて理解したことを、できる限り言葉にしてきた。

 

身体のどこを使うのか。

どちらへ力を出すのか。

どこを引き上げ、どこを下げるのか。

 

なぜ、その動きになるのか。

 

一つずつ確認しながら、丁寧に伝えてきた。

そして、ようやく一年で形になってきた。

 

「一年もかかったね」

私がそう言うと、彼女は言った。

 

「十年以上やってもわからなかったことが、たった一年でできるようになったんだから、早いよ」

 

確かに、その通りだった。

 

 

多くの人は、レッスンを受け続ければ、いつか自然に上手になると思っている。

 

私自身も、以前はそう思っていた。

 

だから、たくさんの先生からレッスンを受けた。

 

けれど、レッスンの数と上達は、必ずしも比例しない。

 

何を練習しているのか。

 

身体をどう使おうとしているのか。

 

その原理がわからないままでは、何度踊っても同じところを回り続けることがある。

 

まず必要なのは、身体の使い方を知ることなのだと思う。

 

 

身体が自然に使えるようになると、今度は別のことに集中できる。

 

音楽を聴くこと。

 

相手との間に何が起きているのかを感じること。

 

音楽から、次の動きが生まれるのを待つこと。

 

ステップを考えるのではなく、その瞬間に必要な動きを選ぶこと。

本当は、そちらの方がずっと大切だ。

 

身体の使い方は、踊りそのものではない。

踊るための土台なのだと思う。

 

 

体幹をしっかり使って踊ると、身体への負荷は大きくなる。

 

何時間も、同じ強さで踊り続けることは難しい。

 

それでも私は、たくさんの曲を何となく踊るより、一曲ずつ丁寧に踊る方が好きだ。

 

一つの音楽に集中する。

相手と向き合う。

全身を使って、その三分間を踊る。

 

その方が、私には楽しい。

 

昨日、彼女と踊りながら、ようやく次の段階に入ったのだと感じた。

 

身体のことを考えず、音楽と相手に集中できる。

 

そこから、やっとタンゴが始まるのかもしれない。