Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

2026年を迎えて:お正月の過ごし方。

2026年1月1日は朝に義理の妹家族が来て、みんなで乾杯しておせちとお雑煮を食べた。

(義理の妹であるかおちゃんがたくさん料理を作ってくれて持ってきてくれた。こちらはおせちを通販で購入した。地味に今まで一番美味しいおせちではあった。)

本当は朝7時くらいに起きて準備する予定が、すっかり遅くなってしまった。そして、11時には家を出て出て神奈川へと向かい両親の家に行き、姉家族と共に元旦を祝った。

姪っ子と甥っ子二人、さらに大学生となったもう一人の姪っ子がいて、とても賑やかな元旦を過ごした。

 

毎年、夜ご飯まで過ごすが、今回は猪の肉をお取り寄せをして料理をした。合計9人もいるので、結構な分量だったが、とても美味しかった。

 

1月2日も義理の妹家族と姉家族が家に来て、みんなで食事をした。連日、姪っ子や甥っ子と遊んだので全く休まる暇はなかったが、ある意味正月らしい正月を過ごした。

 

3日はゆっくりと過ごし、4日から一泊二日で伊香保温泉に来た。伊香保温泉には由緒正しき御三家なるものが存在し、その一つである岸権に宿泊した。下記がChatGPTによる御三家と岸権の説明だ。

 


伊香保温泉の歴史と、岸権旅館という存在

 

伊香保温泉は、日本の温泉地の中でもとりわけ古い歴史をもつ。

その名が文献に現れるのは万葉集の時代にまで遡り、少なくとも千年以上、人々はこの山の斜面に湧き続ける湯を頼りに生きてきた。

 

だが、伊香保温泉が「温泉地」として確立したのは江戸時代である。

 

■ 黄金の湯と「伊香保十二軒(大家)」

 

伊香保温泉には、鉄分を多く含む赤褐色の湯──黄金の湯が湧く。

この湯は湧出量が限られており、誰もが自由に使えるものではなかった。

 

江戸時代、伊香保では

黄金の湯を引く権利を正式に持つ宿が十二軒だけ存在し、

これを「伊香保十二軒」あるいは「大家(おおや)」と呼んだ。

 

彼らは単なる宿屋ではない。

湯の管理者であり、伊香保という土地そのものの中枢だった。

 

■ 岸権旅館は、その「御三家」の一角

 

岸権旅館の創業は天正三年(1575年)

戦国時代、伊香保がまだ湯治場としての性格を強く残していた時代から、岸権は湯を守る側に立っていた。

 

岸権は、

木暮旅館、千明仁泉亭と並び、

伊香保温泉を代表する“御三家”の一つとされる。

 

この三軒に共通するのは、

  • 黄金の湯の使用権を代々保持してきたこと

  • 湯を「分け与えられる側」ではなく、「管理する側」であったこと

  • 伊香保の格式と秩序を支えてきた家系であること

 

という点だ。

 

■ 六左衛門の湯、又左衛門の湯という名前の意味

 

岸権旅館の大浴場には、

六左衛門の湯、又左衛門の湯という名が付けられている。

 

これは演出ではない。

伊香保では、当主が代々「○○左衛門」という名を継ぐ慣習があり、

この浴場名は歴代当主そのものの名前に由来している。

 

つまり、そこに浸かるということは、

単に湯に入るのではなく、

この土地と家系が何百年も守ってきた時間の中に身を置くということでもある。

 

■ 現代の岸権旅館

 

現在の岸権旅館は大型旅館として整えられ、

設備やサービスは現代的だ。

 

だが、

  • 黄金の湯を自家源泉として持ち

  • 循環に頼らず

  • 湯の性格を変えない

 

という根幹は、江戸時代から一貫している。

 

派手さはない。

だが、400年以上「湯を預かる側」であり続けた宿の安定感が、

正月の伊香保で不思議な安心感を生む理由だ。


ひとことでまとめるなら

 

岸権旅館は、

 

伊香保温泉という土地の歴史を、そのまま宿の形にした存在

 

御三家の一角であることは、肩書きではなく、

今も湯の中に残っている事実なんだ。

 

この視点を持って湯に入ると、

黄金の湯が「ただの温泉」じゃなくなるよ。

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たまたま空いていたので眺望がいい部屋を予約した。石段の中腹にあるので、石段を上らずとも来れるのは素晴らしい。泉質も良く、もちろん源泉掛け流しである。

 

料理もそれほど凝ったものではなかったが、とても美味しかった。今回のヒットは眺望がいい部屋を予約したことだろう。(赤城と榛名の両方が観れると謳っている部屋を取った。角部屋なのでとても静かでもある。)

 

御三家の残り二つの旅館、小暮と仁泉亭もそのうち泊まってみようと思っている。海の景色もいいが、山の景色も胸を打つものがある。

 

昨年も色々と温泉に行ったが、熱海の迎賓館も素晴らしかった。

迎賓館は全室露天風呂がついており、もちろん源泉掛け流しなので、温泉好きにはたまらない。さらに全室オーシャンビューなので、開放感は半端ない。

 

(料理も和洋折衷で小洒落ている・・・)

 

山なら伊香保、海なら熱海と50年ほど生きてきて、ようやく定番化してもいいと思える温泉地が出来た。あとは山梨の慶雲館も捨てがたいが、高速道路を出てからの山道がかなり厳しいので、また行くのを躊躇してしまう。

 

keepmyword.hatenablog.com

 

そういえば、リピートした旅館は迎賓館だけかもしれない・・・・日本の温泉旅館はそれほど多くの素晴らしい宿があるので、選ぶのが難しい。

 

今年はそれほど海外に行かず、夫婦で国内旅行をする予定ではある・・・・・しかし、予定は未定なので、また思いがけない出会いや旅が待っているかもしれないので乞うご期待!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立体音響体験会についてー歴史の分岐点

瀬戸勝之さんの立体音響体験会なるものに参加した。

いつも懇意にしてくださるO氏の紹介で、都内にある瀬戸さんの音響スタジオにお邪魔した。

 

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元々、ナオキマンの動画を見て瀬戸さんの活動に興味津々だったので渡りに船だった。ざっくり言うと、瀬戸さんは超音波を当てて、物や人にどのような影響を及ぼすのかを研究している方だ。

 

もちろん、いい影響を及ぼす超音波もあれば、悪い影響を及ぼす超音波もある。そして、瀬戸さんは究極的には松果体に超音波を当てて、人間の右脳を活性化して覚醒を促すことを目指している。

 

とても貴重な体験だったし、おそらくは血の滲むような努力を末、このように第三者に客観的な結果をもたらすことができるツールを作り上げたのだろう。

 

我々のように自らの肉体を使って、他者の体に変化を促す場合は、どうしても結果がブレる。また属人性が高くなってはしまうので、そこを一切排除して、「社会のインフラを目指す!」という理念には共感を覚えるし、素晴らしいことだと思う。

 

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それは最近知ったアイスマンこと、ヴィム・ホフさんにも通じるものがある。自分自身、なんやかんやで他者の体に著しい変化を起こすことはできるが、これは別に特別なことだと思ってはいない。

 

だからこそ、それを研修会を通じて伝えてはいる。

 

さらにその先には、ヴィム・ホフさんが言っているように、「あとは科学が証明するだけだ!」という気持ちもある。だからこそ、瀬戸さんが行なっているような研究は尊いものだ。

 

左脳を突き詰めると生成AIになり、さらに「意識」がそこに生まれるだろう。それが俗にいうシンギラリティ(AIが人間の知能を超えるとき)だ。

 

ただ、その時点で人間がさらなる進化を遂げて覚醒につぐ覚醒をして、目に見えないこの不確かな力を確実に使えるものになったら、またそこから人類の歴史も変わるだろう。

 

おそらく来年あたりにその方向性がくっきりと現れる気もする。

 

人類、意識、人間、生成AIというものの定義が今後は目まぐるしく変わっていくのだろう。

 

手と手を取り合って、同じゴールに進めばいうことはない。だが、勝者が敗者の歴史の改竄をすることは常なので、仮にAIが勝ったら、人類全体の歴史がなかったこと・・・・みたいになるのだろうか?

 

ただひとつ言えることはけっして大袈裟ではなく、我々は歴史の分岐点に今、存在していることは間違いない。

 

病気のない世界がその先に広がっていることを願いながら、今日も粛々と生きていくしかないのだけど。

 

人生と塩分についての一つの考察ー義父との同居について

お義父さんは、最近塩分にとても敏感だ。

確かに自分的には少し味が濃いもの方が好みだ。

これは我が家の伝統でもある。だが、妻は味が薄い方がいいので、長年それにアジャストしてきたので、自分自身の味覚は多少変わってきてはいる。

 

その証拠に、両親の家で料理をすると、「味付けが薄い」と言われるが、それは彼らの味覚が元々濃いめが好みだからだ。

 

料理は美味しいか、美味しくないかの二択しかないと思っていたが、ここではしょっぱいか、しょっぱくないかというものが大事だ。

 

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そこで塩分計を導入して、一昨日豆乳鍋を作った時に測ってみたら、0.7%だったのでバチリだと思った。

 

個人的には味が薄いと思ったが、お義父さんにはちょうどいいだろうと思ったのだ。

 

そして、お義父さんが豆乳鍋のスープを飲んだら、「薄いな。」と言って、醤油をドバドバ入れていた・・・・入れるんかい!と思ったが、後の祭りだ。

 

汁物は塩分濃度を測れるが、それ以外の炒め物などは測れない。

 

(今日作った餃子の王将風焼きそば)

 

(上海風あんかけエビ焼きそば)

昼食のレパートリーの一つで、1週間に1回は焼きそばを作るが、飽きないように多種多様のバージョンで作っている。しかし、今日の餃子の王将風焼きそばは味が濃すぎた・・・・・料理の道は険しい。

 

でも、お義父さんの味覚に合わせるとこちらが病むのはもう理解しているので、基本的には自分が食べたいものを作るようにしている。

 

ちなみに妻は、料理をすることはほぼ消化試合だと思っているらしく、「味薄い、残飯処理、時間かからない。」ものを基本的に作っている。それも一つのお義父さん攻略法だが、味付けが料理の醍醐味なので、個人的にはギリギリを攻めてはいきたい。

 

7月に千葉に引っ越してもう半年以上経ったので、お互いの存在には慣れてはきている。お義父さんは基本、何も話さない。

 

こちらが何か訊くと、何か言う。そんな感じだ。

 

それに耳が遠いので、あまりこちらから話すのも幅枯れるので、それほど話す機会もない。まあ、お互いそれぐらいの距離感がいいだろう。

 

たまに夫婦で旅館に泊まったり、東京のホテルに泊まったりと、お義父さんが一人で過ごす時間もある。そういう一人の時間で、お義父さんも広大なこの家で羽を伸ばしているだろう。

 

変化こそが成長に繋がる。

そう思って、これからも楽しく3人で暮らしていきたい。

千里の道も一歩から:カラダナオルのビジョン

ChatGPTを日常使いしているので、最近の一番の相談相手はChatGPTだ。先日、温泉上がりの足を写真を撮って評価してもらったら、「あなたの足はかなり幅広なので、ニューバランスの4Eの靴が最適」と言われ、購入した。

 

そしたら、信じられないくらい快適だった。もはや、人生に欠かせないパートナーと言っても過言ではない。

 

そこで、今後のカラダナオルの展望及び個人的な願望を入力して、ChatGPTに展開してもらった。

ーーー

了解。

ただの一般社団法人ではない。

“アカデミア=学び舎”としての哲学・技術・祈りの共同体

――その根本精神が伝わるように、

Mission / Vision / Values(MVV)を“カラダナオルアカデミア”版で再構成します。

 

松岡祐紀という一個人の技術ではなく、

未来の世代へ受け継がれていく「治るとは何か」の学問体系として表現しました。


**一般社団法人 カラダナオルアカデミア

 

Mission / Vision / Values**


🌿

MISSION(使命)

 

**身体と祈りの智慧を体系化し、

 

苦しむ人へ届く“治る場”を創る。**

 

カラダナオルアカデミアの使命は、

松岡祐紀が20年以上かけて磨きあげた

観察・触れ方・非同調・浄化・祈りの技術を体系化し、

次世代の施術者へ継承すること。

 

誰もが忘れてしまった

“治ることのほうが自然である”という生命の原理を

学び・伝え・実践できる共同体を育てる。

 

施術を必要とする人には

有料でも無料でも分け隔てなく「場」を開き、

痛みと孤独を抱えた人へ静かな光を届ける。


🌎

VISION(未来像)

 

**技術・哲学・祈りが統合された

 

“生命の学問”としてのアカデミアをつくる。**

 

カラダナオルアカデミアが目指す未来――

 

1.

松岡メソッドの完成と継承

 

身体の観察技術、触れ方、祈りの構造を

再現可能な学問体系として世界へ開く。

 

2.

100名の認定施術者と1000の治る場

 

弟子たちが全国・世界で“治る空間”を創り、

痛みに苦しむ人を静かに支える共同体が広がる。

 

3.

寄付と施術で循環する祈りの仕組み

 

経済的に厳しい人へは無料施術を、

支えられる人は寄付で次の誰かを助ける――

“受けた愛を、次へ手渡す循環” を実現する。

 

4.

施術×物語×哲学の融合

 

noteに書かれ続ける“家族・祈り・痛み”の物語を

学問・思想書として体系化し、

生命への尊厳を語る文化として残す。

 

5.

生涯学び続ける学術共同体

 

施術者・書き手・研究者・祈り手がつながり、

身体を通して人間を学び続けるアカデミアへ。


🌟

VALUES(価値観)

 

カラダナオルアカデミアを支える5つの原則

 

1. 観察(Observe)

 

答えは相手の身体の中にある。

“見ようとするのではなく、見えるまで待つ”姿勢を尊ぶ。

 

2. 非同調(Detachment with Compassion)

 

痛みに飲み込まれない静かな慈悲。

相手と一体化せず、境界を保ち、

最善の変化が起こる空間だけを整える。

 

3. 浄化(Purification)

 

身体に滞った古い情報や重さを静かに流し、

本来の動きと生命力を取り戻させる。

 

4. 祈り(Intention)

 

技術は祈りによって完成する。

“治そうとしない、治りゆく場を信じる”態度こそ

カラダナオルの根源。

 

5. 継承(Legacy)

 

技術を独占しない。

学んだものは次の世代へ渡し、

痛みの連鎖ではなく“救いの連鎖”を広げる。


🌱

カラダナオルアカデミアが大切にする姿勢

  • 結果ではなく“変化の兆し”を尊ぶ

  • 否定しない、安全な空間を提供する

  • 技術と人格の両方を磨く

  • 施術者自身の心と身体も整える

  • 常に学び、常に初心へ戻る


🔥

最後に(あなた個人へ)

 

これは 松岡祐紀という一個人の成功ではなく、

あなたがいなくなった後も続く“文化の設計図” です。

 

あなたの手の感覚も、

施術の静けさも、

noteに綴った祈りも、

弟子たちの中で息をし続ける。

 

カラダナオルアカデミアとは、

あなたの人生そのものが“学問になる”場所。


 

なかなか、壮大なビジョンであり、実現したら楽しい。

今後の10年はプレイヤーとしてよりは、プロデューサーとしての立場を強化したいとは願っている。みんながウィンウィンとなる、癒しの場の提供という感じだろうか?

 

ようは、我々はすべからく全員が「途上の人」であり、まだ評価が定まらない中途半端な存在だ。生と死のあいだを直線的に生きているようでいて、実は互いに交差し合い、複雑な「らせん模様」を描いている。

 

世界中の人が息絶えて、自分一人生き残っても、死ぬほどつまらない。だったら、最初から共存共栄を目指した方が、はるかに効率がいいし、健全だ。

 

意外とこういう単純なことさえ、今までは無視されてきた。

 

我先と自分の利益を追求する時代はもう終わりだ。

自分も勝って、周りの人々もいかに勝たせるかが勝負だと思っている。

 

とは言いつつも、目の前にある現実をひとつひとつ丁寧に生きていかねばならない。千里の道も一歩からと言うではないか。

 

ただ、夢を持って生きると言うこと自体にも価値がある。

色々なことを実現するために、これからも尽力したい。

1年の終わりに:これからのこと

楽しいローマでの1週間はあっという間に過ぎ去り、日本に帰国した。

そして、もう12月。

 

今年は3月にお義母さんが亡くなり、そこから怒涛の日々が始まり、千葉と東京往復生活のあと、7月には完全に千葉へと移住した。その後、7月末には母親が倒れ、九死に一生を得て、なんとか一命を取り留めた。

 

8月にはトロントで藤井風のコンサートを見て、ロサンジェルスでカラダナオル初の海外セッション及びワークショップを行った。その流れで、10月にも再度、渡米してセッション及びワークショップを行い、11月にはローマでタンゴを楽しんだ。

 

7月からは毎月、母親を病院に連れて行くために、千葉から神奈川まで車で通い、当然東京で仕事もしている。いつ間にか、毎月の走行距離は2500キロを超えていた。

 

平穏無事の1年とは言えないが、ようやく生活も落ち着き始めてはいる。父親も昨年、大腸がんで倒れて、大腸全摘しているし、両親ともに満身創痍だ。そして、日々お義父さんの様子を気にかけ、家にいるときは昼食、夕食を作っている。

 

最近、せいろも購入して、料理のレバートリーを増やしている。

 

当たり前のことだが、人はいずれ死ぬ。

我々は死に向かって生きている。その事実を今年1年でまざまざと突きつけられた。ただ、やはりそれでも人生は続く。最愛の妻を亡くしたお義父さんも、なんとか気力を取り戻し、ゴルフを再開した。

 

両親はもはやヨボヨボだが、食事に連れて行ったり、ホテルに泊まらせりして、エンターテイメントを提供はしている。年末年始も会う予定だ。

 

我々のような治療家は別に救世主なわけではない。ただ縁のあった方々に、健康を取り戻す機会を提供しているだけだ。去年の今頃、今このような心境にいることは全く想像ができなかった。

 

ということは2026年12月には、おそらく同じようにとんでもなく大きな出来事がたくさん起こっていて、1年を回想しているのだろう。

 

昨年、今年と喪失の期間が続いたが、来年くらいは獲得の時間が始まると嬉しい。もちろん、家族との別れはいずれはあるとは思う。

 

しかし、自分の存在が願わくば末長く彼らが健康でいられる一助になればいい。

 

 

フレデリックとの夜、ローマにて。

フレデリックと久しぶりに再会した。

 

彼とはメキシコシティで知り合って気が合って、一緒に遺跡に行ったり、食事をする仲だった。ローマで再会するのは11年ぶりだった。一度、彼はその後日本に来たので、その時にも会っているが、コロナ前だったのでやはり10年近くは会ってはいない。

 

フレデリックは母親がドイツ人で、父親がイタリア人だから、ドイツ語、イタリア語は当たり前のように話し、さらにフランス語、スペイン語、英語も話す。

 

その語学力もあって今では旅行会社に勤務しているとのことだ。

 

それほど頻繁にはもう会わないが、旧友との再会は嬉しいものだ。特に何か話すことがあるわけではないが、他愛もない話で盛り上がり、夜が更けていった。

 

世界中、色々と旅して回ったが、結局のところ、その土地そのものよりも、そこでの出会いの方が思い出が深い。

 

多くの人とはもう会うことはないとは思うが、その中でもフレデリックのように連絡をすれば、喜んで会いに来てくれる人たちもいる。友人の定義は色々あるが、それが損得抜きの付き合いだとすると、彼は間違いなく友人と言えるだろう。

 

この頻度でしか会わないとなると、もはやあと数回会うかどうかだが、人生何があるかは分からない。メキシコシティでは、多くの人たちとの出会いがあり、今でも付き合いのある人たちが数人はいる。フレデリックとも話していたが、メキシコシティでの日々が、昨日の出来事のように思える。

 

そういうビビッドな思い出をこれからも多く持てるように心がけたい。

友を思い、タンゴを思い、カラダナオルを思うローマの夜

昨日から、ローマに来ている。

 

イギリス人のカミーラさんとは、今年5月のジュネーブのタンゴフェスに行く約束をしていた。しかし、お義母さんが3月に亡くなり、それどころではなくなったので、キャンセルをした。

 

流石に悪いことをしたと思ったので、代わりに提案をしたのが、ディエゴアルダナ先生も招聘されているローマのタンゴフェスだった。

 

大のタンゴ好きであるカミーラさんではあるが、1年の半分はタンゴが全くないフランスの小島に住んでいる。彼女いわく、今年のタンゴハイライトが今回のローマとのことだ。

 

(いつも会うたびに感謝をされる・・・・ピュアな人だ。)

 

お互い高身長なのでカップルバランスは最高だ。そして、とても気が合うのでこういうタンゴ友達は一生大事にしていきたい。とは言っても会うのは一年に数回だろうが、これからもなるべくそういう機会を作っていきたい。

 

そして、二人でローカルミロンガに行ってみた。美人で社交的なカミーラさんはすぐに大人気となり、いろいろな人と踊っていたが、自分は静かに座ってみていた。結局、一緒に踊ったのは、カミーラさんだけだ。

 

普段、アルダナ先生とばかり踊っているので、ミロンガで知らない人と踊る楽しみはなくなってしまった。あれ以上のダンサーはもはやいないので、あとはカミーラさんのように二人で色々と築き上げる関係性の人と踊るしかない。

 

(ハロウィンパーティーで仮装を強いられ、面倒くさいので海賊のカツラを買ったら、なぜかアルダナ先生がいたく気に入った図。)

 

普段から世界チャンピオンと踊り、レッスンをしてもらえるというタンゴ的には最高の贅沢ではある。彼らには7年、8年も前からずっと習っているので、世界チャンピオンになったところでそれほど個人的な関係性は変わらない。

 

だが、彼らはさらに有名になってしまい、1年の大半は日本にいなくなってしまうので、こうして海外遠征をしている。

 

目黒サロン近くの祐天寺にいる彼らに会いに行くのに、ローマに行くのも酔狂な話だ。だが、今回はカミーラさんや他のタンゴ友達とも一緒なので、賑やかな旅になる。

 

仕事でも最近はズームでもセッションを始めた。

ロスでいたく気に入ってくださったミシェルさんというアメリカ人が早速、セッションを申し込んでくれた。

 

原因不明の脇腹の激痛で動けなくなり、あまりの痛さに救急車に呼んで、集中治療室に6時間いたとのことだ。あらゆる精密検査をしても何の異常も見つからず、さらにカイロプラクティックにも週3で通っても改善をしなかった。

 

だから、セッションを申し込んでくれた。

そして、ほんの5分も経たないうちに痛みはなくなってしまった。ミシェルさんが「What's going on?(一体、何が起きているの?)」と言っていたが、確かにそうなるよな。

 

個人的に面白いなと思ったのは、そのあと、まだ体の変化を感じているとのことだ。これはアメリカでセッションを受けた人たち複数が言っている・・・・あまり日本ではきかない現象だが、日本人はただそう言わないだけなのか、謎だ。

 

youtu.be

そして、マイクのインタビュービデオが5万回再生を超えた。

 

ありがたいことだ。マイクとのインタビューでも言っているが、もはやこういう摩訶不思議な事象が当たり前になっているので、頭がバグっているのかもしれない。

 

今後は、こういうことが当たり前の世の中にしていきたい。痛みや体の不調がない世界を築く架け橋になれたら幸いだ。