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Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

3ヶ月で完全英語マスター!:国語スイッチの重要性について

昨夜、帰宅途中にアルゼンチンからメールが届いており、今日朝起きた時にそういえばまだその返事をしていなかったと思い出した。

メールの内容はよく覚えていたが、ふと果たしてそれが英語だったのかスペイン語だったのか、思い出せなかった・・・・

 

wired.jp

それで以前読んだ上記記事を思い出した。自分の頭の中には「スペイン語スイッチ」「英語スイッチ」「日本語スイッチ」が存在し、使う言語でいちいちスイッチを切り替えている。だが、実際に認識している言語の意味自体は同じだ。

日本語では「洗濯機」、英語では「washing machine」、スペイン語では「lavadora」と言い方は違うがどれも同じモノを表している。だから、昨日読んだメールの文章は脳はきちんと意味は理解したが、どの言語スイッチを使って、その意味を認識したかまでは把握できていなかったのだろう。

 

そういえば、いつもスペイン語で会話しているペルー人が自分と話すちょっと前まで英語で会話していたせいか、二人きりになってもそのまま英語で会話を続けた。

で、その途中に自然とスペイン語に切り替わっていった・・・・それが果たして意識的か無意識的か知らないが、ちょっと面白いなと思ってしまった。

 

そして、自分の場合、英語もスペイン語も通じない国に行くと、なぜかいつもとっさに出てくる言語はスペイン語だ。本来ならば、母国語である日本語で出てきてもいいと思うのに、100%スペイン語が出てきてしまうのは、なぜかと気にはなる。この間行った台湾でも、ずっとスペイン語が出てきてしまってなんとなくバツの悪い思いをした。(台湾なら日本語のほうがよく通じるのに・・・・)

 

脳科学の研究がもっと進むと、それこそ「3ヶ月で完全英語マスター」なんてことも簡単にできるのだろうなと思う。外国語が身につく秘訣は、きっとこの「国語スイッチ」にあると思う。

 

その切り替えがうまくできる人はけっこう簡単にマルチンガルになるのだろう。そして、スイッチを簡単に切り替えられるようになると、もう何語であるかなんて気にはならなくなるのかしれない。

 

 

 

 

人生の勝者について

世の中、物事に一生懸命になれるものを見つけたら、それだけで勝者と言える。

 

たいていの場合、中途半端に頑張り、中途半端に就職して、中途半端な恋愛をし、中途半端な失恋などもして、中途半端に人生を終わる。

 

リリー・フランキーも「多くの人が大リーグのような恋愛を求めるが、たいていの場合はウインターリーグのような恋愛で終わる」と言っているし、まあ人生そんなもんだ。

 

だからと言って、自分から努力して何かに向けて一生懸命になれるほどの熱量をたいていの人は持ち合わせていない。

 

別にそれが悪いとは思わないけど、そういう人たちが一生懸命頑張っている人を馬鹿にするのはどうかとは思う。

 

僕が親しくしているアルゼンチン人のタンゴの先生はいつも一生懸命だ。

 

このあいだはタンゴを踊りに来た人にモヒートを振舞うという企画をしたが、それを思いついた理由が近所にミントの葉が自生して、それを使えばいいと思ったらしい。

 

近所に自生しているミントを客に振舞う・・・・・なんだか色々とギリギリな気もするし、アウトのような気もする。参加した友人にこっそりそれを教えたら「だから、あのモヒートはシソの味がしたのか!」と変に納得された。

 

またある日は「すごいことを思いついた。中国、韓国、日本のオーガナイザーと組んで、アジアタンゴフェスティバルをやるんだ!」と目をキラキラさせて言ってきた。

3カ国を移動しなければ参加できないであろう参加者になんのメリットがあるのか何一つ理解できなかったが、本人はとてもわくわくしている。

 

人生、とても楽しそうで何よりだと思う。

 

一生懸命な人は空回りもするし、人に迷惑をかけるだろうが、それでもやはりこういう人たちがいなければ、世の中楽しくはない。

 

考えてみれば、ダンサー、アーティスト、起業家などみんな何かに一生懸命になって、そして彼らは人一番ほかの人に迷惑をかける人たちであるとは思う。

 

でも、彼らは自分の人生にきちんとコミットして、自分の人生なのにまるでその傍観者のような振る舞いをすることもない。

 

時々、親や周囲の人々に迷惑をかけるからという理由で、自分のやりたいことを諦める人がいるが、もったいない話だとは思う。またたぶん、もしかしたらそれは言い訳でそれほどの熱量がないのかもしれないとも思う。

 

ほんと、ニーチェがいうように「問うな、ただ踊れ!」というように、考えるよりも先に行動してしまったほうが人生はより充実したものになるのだろうなと思う今日この頃だ。

 

周りの人は迷惑かも・・・・・・しれませんがね。

 

 

ニーチェとタンゴとブエノスアイレスについて

問うな、ただ踊れ。 

フリードリヒ・ニーチェ

 10代の頃にすっかりニーチェにはまった僕は、ニーチェ哲学の中心を占める「踊り」という概念にも取り憑かれた。

ニーチェはそれまでの既存の哲学を「弱者の戯言」と切り捨てて、ディオニュソス的なものして称された根源的な生命の喜びについて人々に説いた。

 

ニーチェ哲学では、人生を踊りに例えて「踊ること自体には意味などなく、その踊っている瞬間瞬間がどこまでも美しく、その瞬間に没入すること自体が生きる上でもっとも重要なことである」ことが根幹となっている。

法律や常識などは人間同士が共同生活を過ごす上で決めた妥協の産物であり、本来の「人間らしさ」を損なうものであるということがその根底にある考えだ。

一見、アナーキストに見えるが、じつはその逆で自律した人間にならないと、「没入した瞬間」などには到達できず、ニーチェのいう至福の瞬間など訪れない。

 

で、すっかりおっさんになった僕は、今はアルゼンチンタンゴにはまっている。

 

そして、よくアルゼンチン人の先生たちから「日本人はタンゴを踊っていない。男も女もただステップを踏めばいいと思っている。」という愚痴を聞く。

それで、たまに来日する有名な先生などは、「タンゴを踊るとは?」というようなことを長々と説明するのだが、日本人には全く伝わらない。

日本人は良くも悪くも「正しく、きれいな」ものを求める。だから、ステップを正しく、きれいに踊ろうとする。悪くないはない考えだ。

でも、「踊る」とは:

ただ踊ること自体が目的であり、そこに正しいものや間違いなどない。いかに二人で一緒にその瞬間瞬間にに没入できるかが問題なのだ。

だから、ニーチェは人生とは過程であり、ひとつの連なりであると表し、結果を副次的なものと表したのだろう。

本場ブエノスアイレスのミロンガにいるアルゼンチン人男性がニーチェ哲学に感銘を受けてタンゴを踊っているわけでもなく、90%くらいの男はただひたすら「若くて綺麗な女性(できれば巨乳)」と踊りたくて踊っているのは事実だ。

 

でも、男女ともに「正しく、きれいなタンゴを踊る」ことには興味などなく、お互いただ気持ちよく踊りたいとは思っているから、結果的には先生たちが言う「タンゴを踊る」という境地には達している場合が多い。

 

だから、僕の男友達(変態)などは、「タンゴはセックスより気持ちがいい」と言っている。で、それはあながち間違っていないとは思う。

でも、だからと言ってよくタンゴに取り憑かれた人たちが、「タンゴは人生であり、人生はタンゴである」とか格言めいたこと言うけど、それは違うとは思う。(色情狂か!)

じゃあ、礼儀正しい日本人が享楽的なアルゼンチン人のように「気持ち良さ」を求めて、タンゴを踊る日がくるのだろうか・・・・まあ、それもないなとは思う。

でも、日本では快楽を求めること自体を否定しており、だから隠れ変態がたくさんいるというデータもある。(ワンズワード調べ)

ということは、ニーチェがいう「超人」とはもしかしたら、日本的には「変態」ということなのかもしれない。

変態が日本を変える・・・・夢がある話だ。

 

グーグル翻訳がすごいことになっていた!英訳・和訳も自由自在!

グーグル翻訳が進化して、実用レベルでも使えると昨年から話題になっていた。

jp.techcrunch.com

そして、今年に入ってさらにベトナム語、ロシア語なども追加され、ますます便利になっている。

 最近、英文契約書を翻訳する必要があり、疑心暗鬼になりながらも、グーグル翻訳に放り込んでみた。

f:id:photo0827:20170330150015p:plain

英文

The territory covered under this Agreement shall be the entire continents of Asia and Oceania to which the Distributor shall have all exclusivity to distribute all and any
present or future products of the Exporter regardless of kind quantity, hereinafter called the “Territory” <type or nature> unless the distributor expressly releases the Exporter in writing.

グーグル日本語訳

本契約の対象となる領域は、アジア、オセアニアの全大陸であり、ディストリビューターは、その種類、数量、種類、性質にかかわらず、輸出者の現在および将来のすべての製品を独占的に頒布するものとします ディストリビューターが明示的に輸出者を書面で公表しない限り、「テリトリー」と呼ばれます。

 

ええじゃないか!

 

もう、これでいいのではと思うクオリティだ。しかも、今回はただ英文の日本語訳を便宜的につけるだけなので、それほどの精度は求められていない。そのような場合はこれで十分だ。

 

では、英訳はどうだろうか?

 

311の震災があったときに日本全国が自粛せよという空気に包まれた。そのときに下記ブログを書いた。

agora-web.jp

それに共鳴してくれたプロの翻訳家が英訳をしてくれた。

keepmyword.hatenablog.com

日本語文:

復興の道は長く険しい道になるかもしれない。そうであるならば、いち早く「表面的な自粛」こそ自粛して、平常時の生活を取り戻すべきだ。節電することも重要だが、歓送迎会を中止しても節電にはならない。おいしものを食べて、楽しい思いを自粛しても、被災した人たちの悲しみは変わらない。たくさんの人たちが楽しみにしていたようなイベントを中止することによって、人々から活力を奪い、ひいては経済に壊滅的なダメージを与える。

グーグル英訳

The way of reconstruction may become a long and steep road. If so, we should refrain from "superficial self-restraint" as soon as possible and regain normal life. It is also important to save electricity, but it will not save electricity even if you cancel the welcome party. Eating good food and refraining from having a pleasant feeling does not change the sorrow of the affected people. By stopping the events many people have been looking forward to, it will deprive people of their vitality and eventually devastating to the economy.

プロの英訳:

The road to restoration may be a long, steep path. If that's the case, we should restrain from superficial "self-restraint" and return to our normal lives. It's important to conserve electricity, but cancelling a farewell party will not save power. Even if we restrain from eating tasty food and happy times, the grief the survivors feel will not change. If we continue to cancel events that many people will enjoy, the people will lose vigour and eventually the economy will suffer catastrophic damage.

 

悪くないんじゃない?

 

文法的にすごく違和感があるのは「 By stopping the events many people have been looking forward to」というところで、プロは「If we continue to cancel events that many people will enjoy」と訳している。

原文は「たくさんの人たちが楽しみにしていたようなイベントを中止することによって」だが、日本語特有のこのような主語が不明確なものに関しては、まだ改善が必要だと思うが、それでもニュアンスは伝わっている。

下手は翻訳よりも、グーグル翻訳のほうがよほどいいと思う。特に契約書など定型がある和訳や英訳に関しては、現時点でも精度が高く、それほどの修正を必要としない。

くだけた文章が多いブログなどはまだまだ校正が必要だとは思うが、それでも自分で一から英訳するよりも早く確実に英訳できるのではないだろうか?

 

すげえ時代になったもんだな。

 

英訳でも和訳でも今後は下訳などはいらなくなり、翻訳家の仕事はグーグルが仕上げてきた文章の校正がメインになるのだろうなと思う。そして、いずれはそれも必要がなくなるくらいの精度を獲得するだろう。

 

ただ下記のような日本文が抽象的な場合は、まだまだ精度が低い:

 

原文:空気の力を利用し根元からふんわりとした持続性の高いウェーブを最小限にダメージを軽減しながら実現します。

グーグル翻訳:We utilize the power of air to realize a highly persistent wave that is fluffy from the root while minimizing damage.

プロの英訳(ネイティブチェックあり):Air Wave technology utilizes air to lift your hair softly at the roots while minimizing stress to your hair. Our Air Wave styling gives you the resilient long-lasting waves that attract attention.

 

友人の美容室の英訳を請け負ったのだが、ここまでくると、プロの英訳が完全に原文を上回り、日本語文よりも意味が明確な素敵な感じに仕上がっている。キャッチコピーなどの主語が特にないものに関しては、やはりまだまだ使えないが、それも今後改善されていくだろう。

 

意味さえわかればいい翻訳などは今後はすべてグーグルで問題ないし、きちんと主語を入れるようにしておけば、グーグル翻訳の精度は飛躍的に上がるので、英訳をしたい場合は最初からそのように書けばいい思う。ちょっと実際に試してみた:

 

原文:Air Wave technologyは空気の力を利用し根元からふんわりとした持続性の高いウェーブを最小限にダメージを軽減しながら実現します。

グーグル翻訳:Air Wave technology utilizes the power of air to realize while maintaining a minimum of damage with high sustainable waves that are fluffy from the root.

プロの英訳(ネイティブチェックあり):Air Wave technology utilizes air to lift your hair softly at the roots while minimizing stress to your hair. Our Air Wave styling gives you the resilient long-lasting waves that attract attention.

 

わ、悪くはないけどね。

ふんわりが・・・・・直訳すぎる。

 

結論:グーグル翻訳で英訳をさせたい文章を書く場合は、主語をきちんと書き、なおかつ「ふんわり」など抽象的な単語を避けるとうまくいくということです。

でも、あと1年もすれば、それも改善されているでしょうね・・・・・

 

 

人生なんて「やるか」「やらないか」でなく、やってから決めれば、1択しかないという身も蓋もない話

思えば、2009年12月から、オンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」を運営し始めてから、もう丸っと8年が経った。

 

マンツーマン英会話スクールならスカイプの24時間英会話ワンズワード - ワンズワードオンライン

 

この間、なんだかいつのまにかスペイン語なんかも教えているし、ずっと日本に住むのだろうなと思っていたけど、最果ての地ブエノスアイレスやメキシコなんかに住んじゃったり、世界一周したり、さらに新しい事業なんかも立ち上げてと、自分でも予想外な展開だ。

 

connect.oneswordonline.com

最近、色々と心境の変化があり、とにかく「人の役に立つこと」「人と絡むこと」を念頭に行動し始めるようにしている。以前は、頭でシュミレーションして、損得勘定を入れながら、「自分が実際にやって楽しいかどうか」で決めていたけど、それだと行動範囲が狭まるなと気づいてしまった。

 

それに人の役に立つと、けっこう自分も楽しくなると実感している。損得で考えると人生なにもしないほうが得になることが多い。そうして、実際会社組織などで成功している人をたくさん知っている。そういう人たちの人生を否定しないけど、あまり興味はない。

 

ちょうど起業したころに、「あなたにとってものすごく簡単なことが他の人にとても難しいことがあるから、そんなときはその人の立場になった考えてあげて」と言われたことがある。

 

その人の立場になって考えるどころか、「どうしてこんな簡単なことがこの人たちはできないのだろう」と思ってしまっていたが、それを是正することにした。それで、自分が得したとかメリットがあったとかは、まあ特にない。でも、以前よりも人生少し楽しくなった。

 

人生を楽しむ」ことはなかなか高度なスキルが必要なわけで、自己完結している限り、人生に楽しさは訪れない。だから、最近は家族や友人にフォーカスして物事を考えている。で、年老いた両親のためにうっかり年季の入った団地を買おうしたり、色々と人生飛ばし始めているわけだ。

 

プロ野球の選手でも、打率3割いけばいいほうなのだから、なるべく多くの打席に立つようにして、球を打っていきたい。

 

打席に立つことに躊躇する時間なんて、結局のところ無駄だ。立ってみてダメだったら降りればいい。

 

それに人生、「やるか」「やらないか」という2択で悩むことが多いが、「やってから決める」を座右の銘にしておけば人生一択だから、迷うことすらない。

 

仕事や人間関係なんてそんなに簡単にはいかないと人は言うけど、世の中のほとんどの仕事はその人が急にいなくなってもなんら影響はないし、人間関係なんて1年経てばほとんど覚えていない。

 

でも、なんだかそろそろ日本も飽きてきたし、どこかよその国もいいなと思っているのだけど・・・・人生波乱万丈が一番だなと思う今日この頃だ。 

 

Milonga in Tokyo and Japan 2017!

José Gobello, president of the Argentine Slang Academy, said that «even though it might seem a joke, Paris is the place from where the tango came to Argentina». This controversial expression could be applied, however to describe the arrival of tango in Japan.

The rise of tango in Japan - Todotango.com

This is how it begins. 

I was reading a booked called "Sapiens a Brief History of Humankind".....it is an interesting book and have encountered  so many new discoveries about our kind but then I got tired of reading it.

Then I just thought about how I could market my newly created website "One's Word Tango" where you can find all the milongas and tango schools in Tokyo and Japan.

(The language can be switched to Japanese or English.)

tango.oneswordonline.com

This is just my side project and won't give me any penny but I feel really sorry not to have any decent websites where all the milongas in Tokyo and Japan are listed in English, especially, we have tons of them every night! 

So here I am! 

I pretty did a good job and launched it a month ago then got busy so forgot about it all.....

In Japan, we really have a long Tango history and should be generous to share our Tango culture to foreigners. 

I started learning Tango when I went to live in Buensos Aires in 2011 so somehow, it was really natural for me to start Tango because I was living in the capital of Tango. 

Even now, sometimes I wonder why the Japanese are dancing Tango, we don't have any similarity to each other.....now I've begun to undestad that we have such a long tango histroy and so it is already in our blood, hahaha.

To tell you the truth, the best city to learn Tango is Buenos Aires, no doubt.

But the second best city to learn Tango is Tokyo because we have so many good Argentine teachers and some good milongas too.

When you come to Japan, I hope that you can grab the essence of Tango and our culture. 

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じつは1ヶ月ほど前に日本中のミロンガとタンゴスクールが掲載されているワンズワード・タンゴというサイトをリリースしました。

tango.oneswordonline.com

タンゴをやっている人以外全くクソの役に立たないサイトですが、英語版もあるので、このサイトを開くと「あら、今日のミロンガはここでやっているのね!」ということが日本に来た外国人は思うでしょう。

まさにお・も・て・な・し。

一応、自分の行っているミロンガの主催者には連絡を取り、掲載の連絡をしております。しかし、東京には腐るほどミロンガが開催されており、これをすべてこちらで載せるのは辛いものがあります。

地道にやるしかありませんね。

東京のミロンガ、それにタンゴスクールは世界有数であり、ブエノスアイレスに住んでいた自分が言うので間違いありません。特にグループレッスンはかなりお得かと。

よく友人知人からは「タンゴって、フラメンコとどう違うの?ベリーダンスは踊らないの?」 とか聞かれますが、男子たるものすべからくタンゴを踊れるようになるべきだと思っております。マジ、仕事より難しいし、個人的には英語やスペイン語習得の時よりも苦労しました。

Let's dance!

 

ブタペストの夜に思うブエノスアイレスのタンゴについて

ハンガリーの首都ブタペストに行くのは2回目だった。20年来のコロンビア人の親友マリアの結婚式に呼ばれて、2年前にウェールズに行った。

keepmyword.hatenablog.com

結婚式が無事終わり、「さて、どうするか」と思った時にふとブタペストに行こうと思い立ち、ふらりと行ったのだった。そして、全くの偶然だったのが、タンゴフェスティバルが当地で開催されており、結局1週間ほど滞在した。

keepmyword.hatenablog.com

ヨーロッパではタンゴフェスティバルやタンゴマラソンなどが常時開催されているが、参加するのは初めてだった。面白かったのは、それから半年後にブエノスアイレスに行ったのだが、その時踊った人が「あんた、夏にブタペストにいたでしょ?」と言われたことだ。タンゴコミュニティーは本当に狭い。

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今回は1泊しかできなかったが、それでも着いた日にミロンガに行ってみた。タンゴフェスティバルのイメージがあったので、ゴージャスな感じのミロンガを想像していたが、非常にこじんまりとしたミロンガだった。

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(2年前に行ったブタペストタンゴフェスティバルの会場の様子)

ハンガリー人は日本人に感性が似ていると言われるが、踊ってみて本当にそうだなと思った。とても真面目だが、なんだか身体的な距離がとても遠かった。お隣のルーマニア人がガンガン来るラテン気質なのに、ここまで違うのかというくらい違ったのが面白かった。

たまたま知り合ったタンゴDJをしているハンガリー人女性が、「今日は初心者ばかりだから」と言っていたので、ハンガリー人全員がそんな踊り方するとは思わないけど・・・それから結局ほとんどの人と踊り、最後にその彼女と数回踊ってホテルへと帰った。

ブエノスアイレスではヨーロッパからたくさんの観光客がタンゴを踊りに来るが、基本みんなとても上手いので、なんとなくヨーロッパの人たちは「みんなタンゴが上手」だと思っていた。でも、考えてみればタンゴのためにブエノスアイレスくんだりまで行くのはハードコアなやつばかりだから、上手いやつが多いに決まっている。

でも、逆に特に普段からレッスンもとってなく社交手段のひとつとして踊っている人たちと踊ると、その国の国民性や文化が感じ取れるから楽しい。

国も違えば人も違う。その国のスタンダードな踊り方がよその国では異端となる。自分が個人的にとても距離が遠いと感じたハンガリー人の人たちは、彼らのあいだではそれが心地よい身体的距離なのかもしれない。

アルゼンチン人の先生はよく「お互いに寄り添って踊ること」の重要性を説くが、たしかにそれはとてもタンゴ的な考えだし、自分もそっちほうが好きだ。でも、よその国に行って、そんなことを言えるわけでもなく、また言うつもりもない。

あらゆるスポーツや踊りには流行り廃りがあり、スタイルもどんどん変わっていく。ブエノスアイレスでも一時期タンゴ・ヌエボが流行ったが、いまでは踊っているやつなんてほとんどいない。だからと言って、完全になくなったわけでもなくまた流行るかもしれない。

なんでも本場至上主義みたいな考え方が多いけど、「楽しければいいじゃない」と個人的には思う。

楽しくあるためには、正しくある必要はない。

些細ないことだが、それはとても重要なことだ。

なんだかんだ言って僕もブエノスアイレスのほうが好きだが、それはきっとあそこのミロンガは「生身の男女」になる場所で、国籍、年齢、社会的地位、貧富など関係ない。踊りの上手いやつがヒエラルキーの上にいることは間違いないが、それだけではない。容姿や服装も当然カウントされる。(だからバカみたいに着飾った男女が多い)

そして、たまたま隣に座った男たちと「おい、おまえあの金髪と踊ったか?どうだった?」とか箸にも棒にかからない、どうでもいいくだらない会話をするのがとてもつもなく好きなのだ。

そんなことを思いながら、ブタペストの夜は更けていった。