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Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

朝日は明日の始まりではなく、今日の続きでしかない:ブエノスアイレスにて

この街、ブエノスアイレスに来てから、もうすぐで2年になるが、新しい人と会うたびに「どうしてこの国、この街に来たのか?」と訊かれる。おそらくこれは、これからもずっと訊かれ続けることだろう。人はなにか明確な理由があって違う国に移り住むものだという先入観があるので、彼らからしてみれば、特になんの理由もなしに住んでいるのが信じられない気持ちも分かる。

自分でもよく説明が出来ない。でも、納得している。この街に住みたいと思っているから住んでいる事実には変わりないし、厄介なことや嫌なことも多々あるが、とても楽しい日々を送っている。僕が日本よりも海外を好む理由のひとつとして、「海外には隙がある」というものがある。国全体、社会全体、それに人間関係、友人関係、あらゆるものに隙がある。どれも決まっているようで、きちんと決まっていないから、自分の努力次第で色々とどうにかなってしまう。

そもそもブエノスアイレスに来た時ですら、住むためのビザなんてことは一ミクロンも考えていなかった。イギリスに住んでいた経験があったので、「どうにかなる」という確たる自信があったからだ。

人は生まれた国に住み続けるのが当然だと思っているが、きっとこれは今後どんどん変わっていくだろう。すでにヨーロッパの人々のあいだでは当然のように外国に住むのが当たり前になっているし、別段それが特別なことでもない。グローバル時代なんて大げさな話しではなく、こんなにも簡単に情報が手に入り、格安航空券で世界を行き来でき、またインターネットで自国の友人や家族と繋がっていられるのだ。

むしろ、人々が自分の選択肢を広げないことのほうが不自然だ。

今でも時々、思い出す。
ずっと、ずっと心の奥底で、「ここよりもずっとマシな場所がある」と退屈で仕方がなかった学校に通っている頃、そのようにいつも思っていた。

そして、それはとても正しいことだった。世界はとても広く、探せば自分が居心地よく感じる場所が見つかる。目の前のことが嫌になったり、逃げ出したりすることはよくないことだと僕らは子供の頃から教わるが、じゃあそんなに辛い思いをしてそこに生きて、何が手に入るのだろう。

正直、邪な考えだと思うが、日本に生きられなくても、海外では生きられる場合が多々ある。日本のスタンダードは恐ろしく高いので、それが嫌なら、とっとと海外に逃げ出したほうがいい。その代わり、日本に居た時よりも、「戦う」必要が生じるけど。

人生は結局のところ、選択の問題だ。
誰にも、自分にも言い訳せずに、やることをやる。その結果を全面的に自分で受け入れれば、人生を選択できる権利が手に入る。明日は今日の問題を解決してくれない。たいていの場合は、明日はまた新しい問題を運んでくる。今日は今日の問題を解決し、今日のうちに明日の問題を夢想しながら、その対策をぼんやりと考えていればいい。

人生は今日しか存在していない。自覚的に人生を選択するようになると、そのことをより痛感するようになる。


朝日は明日の始まりではなく、今日の続きでしかないのだから。