Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

このかけがえのない世界で想うこと。

メキシコ人の親友アビマエルが、僕がメキシコシティから去る時に、「ユウキにとって、このメキシコシティに過ごした2年間はどのような意味を持つの?」と真顔で聞いてきた。

 

メキシコ最後の夜 - Keep My Word

 

そのときもうまく答えられなかったが、今でもまだその答えは見つかっていない。ただ、ひとつ言えることはメキシコシティで過ごした2年間が自分の人生にとってもっとも多くの人と知り合った期間であるということだ。

 

今現在、プライベートな要件でメキシコ在住で、信頼のおける弁護士が必要になったが、すぐに3人ほど頭に浮かび、そのうちに二人とすでにコンタクトを取り、案件を進めている。

 

日本にもう何十年も住んでいるが、弁護士の知り合いなんて一人もいない。

 

海外、とくに発展途上国で信頼のおける友人は何者にも変えがたい宝物だ。アルゼンチンにも信頼のおけるマウロという友人がいて、彼に処分したい家具があると連絡したら、すぐに彼の友達に連絡してくれて、ものの5分で10人くらいの人たちから連絡があった。

 

keepmyword.hatenablog.com

(上記のようにマウロくんには世話になりっぱなしで、今世で借りを返せなければ来世で返そうと思っている)

 

世の中には善意で溢れている人たちがいると認識することは、とても重要なことだ。特に発展途上国に長く過ごすと、心が荒んでくるので、彼らの存在を感じるだけでも励まされることが多い。

 

自分にとってメキシコシティで過ごした2年間を美化するつもりもないが、こうしてみると悪くない2年間だったのではと思える。

 

メキシコシティに10年近く住んでいる日本人の友人がいるが、彼はメキシコ人の友人なんて一人もいないと嘆いていた。それは彼のせいだけではないと思うが、それはそれで悲しいことでもある。

 

メキシコやアルゼンチンのような発展途上国に住むまでは、「人類みな平等」と思っていたが、実際そんなものではない。やはり先進諸国に生まれた人たちは、生まれながらにしてとてつもない大きなアドバンテージを持っていると実感した。

 

時々、人から「なぜ好き好んでメキシコやアルゼンチンのような国に住んだのか?」と聞かれるが、きっと今まで見たことのない風景を見たかったのだと思う。同じ先進諸国に住んでも、見える景色にそれほど大差ない。

 

多くの人は生まれた国、環境に左右されるが、アビマエルやマウロのように、それを超越して、友人になれる場合がある。世界は圧倒的に不公平だし、不条理だと思うが、それでもそれを乗り越えることはできる。

 

だからこそ、世界は多少汚れてはいても、美しい。

 

 

 

ワンズワード・メスカル始動のお知らせ:目指せ、酒販免許!

酒販免許を取得した。

結論から言うと、死ぬほど大変だった。いや、条件が揃えばそれほど大変ではないが、その条件というのが非常に厳しい。

sake-office.com

詳しくは上記を確認してほしいが、もっとも大きな問題となるのは下記だ。

  1.  法人の場合、過去3期で赤字決算があったらダメ。
  2.  個人で申請する場合は、自営業者として3年以上の経験ないと実際の申請は難しい。(なぜならば、過去3年の収支を提出する必要があり、青色申告していないと書類が揃わない)
  3.  持ち家がないと申請が難しい。なぜなら、賃貸物件だと大家から許可証をもらわないとダメなどでそれが大きなネックとなる。

そして、不動産の登記簿の提出する際に、地目というものがあり、それが古い物件だと畑などになっており、それだとNGなので、農業委員会に行って、地目変更をしないといけない。(妻の実家で申請したので、これで非常に時間がかかった)

 

自慢ではないが、書類を書くのは意外と得意だし、会社の登記も初年度の決算もほとんど自分で書類を揃えて申告した。だが、今回の酒販免許の書類作成に関しては非常に難儀をした。

なぜ酒販免許を獲得したかというと、メキシコのメスカルというお酒を輸入販売する予定で、そのために必要だった。(アガベ100%のとてもオーガニックなお酒で、若干スモーキーですが飲みやすいお酒です)

 

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mezcalbuensuceso.mx

Buen Sucesoというブランドと独占販売契約を締結し、その英文契約書を作成し、それを和訳して税務署に提出する必要もあった。(この時点で多くの人が断念するかもしれない)

 

今年の2月から申請作業に入り、ようやく昨日、税務署に行って酒販免許を受理してきた。税務署の酒類指導官の方々がとても親切で、懇切丁寧に教えてくれたが、ぽろっと「個人でここまで書類を揃えられる人もいません。みなさん、途中でギブアップして行政書士に依頼します。」と言われた。

 

きっと、最初の段階できっちりと書類を揃えたので、心証がよかったのかもしれない・・・・それにしても、日本でお酒を売るというのは参入障壁がまだまだ高いと痛感した。

 

輸入開始は7月を予定をしているので、それまでにアマゾンと契約し、営業ツールを作成して、本格的なウェブサイトも作成しないといけないので、なかなか楽しい。

特に販売先は決まっていないが、東京にはたくさんメキシコ料理屋があるので、地道に直接営業すれば、そこそこ売れるのではないかと楽観的に考えている。

 

メキシコではメスカルはすでにブームといってもいいぐらい流行っているが、日本では全く知名度がゼロなので、まずは知名度をあげるところからスタートしないといけない。

うーん、そういうのが楽しいと思う今日この頃だ。

 

 

 

アルゼンチンワインとすべての男は消耗品であるについて

このあいだ美容室に髪の毛を切りに行った。

そこでとあるメンズ雑誌を渡されて、ぱらぱらとページをめくって読んでみた。メンズ雑誌なんて読むのは、美容室に行ったときくらいだが、それくらいの頻度で読むには楽しいものだ。

そこでページをめくっていると村上龍の「すべての男は消耗品である」というエッセイが掲載されていた。

最近、30年分をまとめた全集を読んだばかりだったので、早速その最新のエッセイを読んでみた。タイトルは「若者よ、ワインに詳しくなるくらいならセックスしろ」だ。

ようは「世界中のワインを飲んでみたが、結論から言うとワインは移動に弱い。その国、その土地に行って飲めばどんな安ワインだって、おいしく感じるから、そんなものに詳しくなるよりは、若者だったらセックスしていたほうがよほど生産性が高い」という趣旨の話だった。

 

本当にいつも身も蓋もはないなと、村上龍のエッセーを読むたびに思う。

 

でも、たしかにワインは移動に弱いと思う。自分自身、50カ国以上の国々に旅したが、どこの国行ってもその土地で飲むワインはおいしいと思った。そして、世界中でもっとも美味しいワインの産地は聞かれたら、アルゼンチンと答えるだろう。

でも、それはきっと2、3年住んだ土地で、そのあいだにしこたまワインを飲んだからだと思う。アルゼンチンで飲むアルゼンチンワインはどんな安ワインでも美味しい。

 

アルゼンチンのワインは、ワインというよりは葡萄ジュースという感じで、とても飲みやすくアルコールをあまり感じない。

 

ただ、フランスに2年くらい住んだらきっとフランスのワインが世界一おいしいと思うだろうとは思う。それくらいその土地で飲むワインは本当においしい。

だからと言うわけではないが昨日、ワインショップでそこそこの値段のアルゼンチンワインを買って飲んでみたが、やはりまあたいしておいしくなかった。コンビニで売っている500円くらいのワインと大差がないなというのが正直な感想だ。

 

アルゼンチンに行くたびに、高級ワインを日本に持ち帰るが、そのワインを日本で飲むと本当においしい。移動に弱いといっても現地のワインをそのまま飛行機で持ち帰れば、それはたしかに現地で飲む味と同じなわけだ。

 

アルゼンチンから、肉とワインとタンゴを取ったら何も残らないと思うが、まあ肉とワインとタンゴさえあれば、人生そこそこ楽しいと思う。

 

 

村上龍の言う通り、若者はワインに詳しくなるよりはセックスしたほうがいいし、おっさんおばさんは、ワインに詳しいよりはタンゴがうまくなったほうが人生楽しいことは間違いない。

 

だからなに?

 

と聞かれても困るけど、世の中セックスよりも楽しいことはたくさんあることだけは間違いないとは思う。

タンゴでクラウドファンディング!日本で独自進化した新しい宣伝プラットフォームについて

生まれて初めて、クラウドファンディングに挑戦してみた。

クラウドファンディングというと、社会貢献的な活動しか対象にならないと思っていた。しかし、最近の日本のクラウドファンディングは独自進化を遂げており、どちらかという広告宣伝のために使用できるように最適化されているようだ。

www.kickstarter.com

クラウドファンディングというとまず思い浮かべるのは、アメリカのKickstarterだが、こちらは基本的に100%きちんとファンディングされないとイベント主催者には1円も入ってこない。

しかし、日本のCampfireやそのほかのクラウドファンディングでは、All-In方式というものが選択でき、1円でも支援されたらそれが全額入金される仕組みだ。(もちろん、手数料は支払う必要はある。Camfireの場合は8%だ)

 

地下アイドルのCDや写真集、地方劇団の公演のためなど様々なやり方で利用されている。ただ、やはり強いのは有名人によるイベントや企画で、あっさり100%以上のファンディングを獲得しているのはいつも彼らだ。

 

今回は自分の会社は全く関係なく、いわば趣味でしているタンゴのイベントのためのクラウドファンディングだ。

だが、このイベントは世界チャンピオンや去年公開された映画「ラスト・タンゴ」にも主演の一人とした出演したダンサーが来日するので非常に豪華絢爛であり、一般的に注目されるのではと思っている。

去年、実際ブエノスアイレスのこの会場にいて世界チャンピオンのセバスチャン・ヒメネスのこのデモを見たが、まさか彼のデモが日本で見られる日が来るとは思わなかった!(まあ、そのときのパートナーとは別れて、新しい人と来日するらしいけど・・・あるよねー、そういうこと)

 

個人的には地球の反対側にあるブエノスアイレスくんだりまで行かなくても、このような著名なダンサーたちが来日して、レッスンをし、デモをしてくれるのはありがたいと思う。

 

日本とアルゼンチンタンゴは一見、無関係のようだが、じつは結構関係が深く、毎年ブエノスアイレスに開催されている世界タンゴ選手権で優勝すると、日本でのショー参加が副賞として付いてくる。

よって、毎年のように世界チャンピオンが日本に来日し、さらに一度来日して日本を気に入った世界チャンピオンも来日するので、同時期に世界チャンピオンが何人も滞在しているというタンゴを学ぶ環境として素晴らしい国でもある。

ブエノスアイレスに住んでいる頃は世界タンゴ選手権なんて、特に身近に感じなかったし、世界チャンピオンなんて自分とは住む世界が違う人と思っていたが、日本にいると彼らと結構気軽に接している自分に驚くこともある。

economictimes.indiatimes.com

タンゴは以前からアルツハイマーにも効果があることは知られていたが、最近ではガン治療にも有効だということだ。タンゴ効果というよりも、ハグ効果とも言えるかもしれないが、沖縄の人たちが長生きするのはその密接なコミュニティによるらしいので、やはり人と人は常に触れ合って生きていく必要があるのだろう。

すでに高齢社会に突入している日本でも、今後はアルゼンチンタンゴはもっと注目されていくことは間違いない。

このクラウドファンディングを通して、一人でも多くの人にアルゼンチンタンゴを知ってもらえればと思っている。

3ヶ月で完全英語マスター!:国語スイッチの重要性について

昨夜、帰宅途中にアルゼンチンからメールが届いており、今日朝起きた時にそういえばまだその返事をしていなかったと思い出した。

メールの内容はよく覚えていたが、ふと果たしてそれが英語だったのかスペイン語だったのか、思い出せなかった・・・・

 

wired.jp

それで以前読んだ上記記事を思い出した。自分の頭の中には「スペイン語スイッチ」「英語スイッチ」「日本語スイッチ」が存在し、使う言語でいちいちスイッチを切り替えている。だが、実際に認識している言語の意味自体は同じだ。

日本語では「洗濯機」、英語では「washing machine」、スペイン語では「lavadora」と言い方は違うがどれも同じモノを表している。だから、昨日読んだメールの文章は脳はきちんと意味は理解したが、どの言語スイッチを使って、その意味を認識したかまでは把握できていなかったのだろう。

 

そういえば、いつもスペイン語で会話しているペルー人が自分と話すちょっと前まで英語で会話していたせいか、二人きりになってもそのまま英語で会話を続けた。

で、その途中に自然とスペイン語に切り替わっていった・・・・それが果たして意識的か無意識的か知らないが、ちょっと面白いなと思ってしまった。

 

そして、自分の場合、英語もスペイン語も通じない国に行くと、なぜかいつもとっさに出てくる言語はスペイン語だ。本来ならば、母国語である日本語で出てきてもいいと思うのに、100%スペイン語が出てきてしまうのは、なぜかと気にはなる。この間行った台湾でも、ずっとスペイン語が出てきてしまってなんとなくバツの悪い思いをした。(台湾なら日本語のほうがよく通じるのに・・・・)

 

脳科学の研究がもっと進むと、それこそ「3ヶ月で完全英語マスター」なんてことも簡単にできるのだろうなと思う。外国語が身につく秘訣は、きっとこの「国語スイッチ」にあると思う。

 

その切り替えがうまくできる人はけっこう簡単にマルチンガルになるのだろう。そして、スイッチを簡単に切り替えられるようになると、もう何語であるかなんて気にはならなくなるのかしれない。

 

 

 

 

人生の勝者について

世の中、物事に一生懸命になれるものを見つけたら、それだけで勝者と言える。

 

たいていの場合、中途半端に頑張り、中途半端に就職して、中途半端な恋愛をし、中途半端な失恋などもして、中途半端に人生を終わる。

 

リリー・フランキーも「多くの人が大リーグのような恋愛を求めるが、たいていの場合はウインターリーグのような恋愛で終わる」と言っているし、まあ人生そんなもんだ。

 

だからと言って、自分から努力して何かに向けて一生懸命になれるほどの熱量をたいていの人は持ち合わせていない。

 

別にそれが悪いとは思わないけど、そういう人たちが一生懸命頑張っている人を馬鹿にするのはどうかとは思う。

 

僕が親しくしているアルゼンチン人のタンゴの先生はいつも一生懸命だ。

 

このあいだはタンゴを踊りに来た人にモヒートを振舞うという企画をしたが、それを思いついた理由が近所にミントの葉が自生して、それを使えばいいと思ったらしい。

 

近所に自生しているミントを客に振舞う・・・・・なんだか色々とギリギリな気もするし、アウトのような気もする。参加した友人にこっそりそれを教えたら「だから、あのモヒートはシソの味がしたのか!」と変に納得された。

 

またある日は「すごいことを思いついた。中国、韓国、日本のオーガナイザーと組んで、アジアタンゴフェスティバルをやるんだ!」と目をキラキラさせて言ってきた。

3カ国を移動しなければ参加できないであろう参加者になんのメリットがあるのか何一つ理解できなかったが、本人はとてもわくわくしている。

 

人生、とても楽しそうで何よりだと思う。

 

一生懸命な人は空回りもするし、人に迷惑をかけるだろうが、それでもやはりこういう人たちがいなければ、世の中楽しくはない。

 

考えてみれば、ダンサー、アーティスト、起業家などみんな何かに一生懸命になって、そして彼らは人一番ほかの人に迷惑をかける人たちであるとは思う。

 

でも、彼らは自分の人生にきちんとコミットして、自分の人生なのにまるでその傍観者のような振る舞いをすることもない。

 

時々、親や周囲の人々に迷惑をかけるからという理由で、自分のやりたいことを諦める人がいるが、もったいない話だとは思う。またたぶん、もしかしたらそれは言い訳でそれほどの熱量がないのかもしれないとも思う。

 

ほんと、ニーチェがいうように「問うな、ただ踊れ!」というように、考えるよりも先に行動してしまったほうが人生はより充実したものになるのだろうなと思う今日この頃だ。

 

周りの人は迷惑かも・・・・・・しれませんがね。

 

 

ニーチェとタンゴとブエノスアイレスについて

問うな、ただ踊れ。 

フリードリヒ・ニーチェ

 10代の頃にすっかりニーチェにはまった僕は、ニーチェ哲学の中心を占める「踊り」という概念にも取り憑かれた。

ニーチェはそれまでの既存の哲学を「弱者の戯言」と切り捨てて、ディオニュソス的なものして称された根源的な生命の喜びについて人々に説いた。

 

ニーチェ哲学では、人生を踊りに例えて「踊ること自体には意味などなく、その踊っている瞬間瞬間がどこまでも美しく、その瞬間に没入すること自体が生きる上でもっとも重要なことである」ことが根幹となっている。

法律や常識などは人間同士が共同生活を過ごす上で決めた妥協の産物であり、本来の「人間らしさ」を損なうものであるということがその根底にある考えだ。

一見、アナーキストに見えるが、じつはその逆で自律した人間にならないと、「没入した瞬間」などには到達できず、ニーチェのいう至福の瞬間など訪れない。

 

で、すっかりおっさんになった僕は、今はアルゼンチンタンゴにはまっている。

 

そして、よくアルゼンチン人の先生たちから「日本人はタンゴを踊っていない。男も女もただステップを踏めばいいと思っている。」という愚痴を聞く。

それで、たまに来日する有名な先生などは、「タンゴを踊るとは?」というようなことを長々と説明するのだが、日本人には全く伝わらない。

日本人は良くも悪くも「正しく、きれいな」ものを求める。だから、ステップを正しく、きれいに踊ろうとする。悪くないはない考えだ。

でも、「踊る」とは:

ただ踊ること自体が目的であり、そこに正しいものや間違いなどない。いかに二人で一緒にその瞬間瞬間にに没入できるかが問題なのだ。

だから、ニーチェは人生とは過程であり、ひとつの連なりであると表し、結果を副次的なものと表したのだろう。

本場ブエノスアイレスのミロンガにいるアルゼンチン人男性がニーチェ哲学に感銘を受けてタンゴを踊っているわけでもなく、90%くらいの男はただひたすら「若くて綺麗な女性(できれば巨乳)」と踊りたくて踊っているのは事実だ。

 

でも、男女ともに「正しく、きれいなタンゴを踊る」ことには興味などなく、お互いただ気持ちよく踊りたいとは思っているから、結果的には先生たちが言う「タンゴを踊る」という境地には達している場合が多い。

 

だから、僕の男友達(変態)などは、「タンゴはセックスより気持ちがいい」と言っている。で、それはあながち間違っていないとは思う。

でも、だからと言ってよくタンゴに取り憑かれた人たちが、「タンゴは人生であり、人生はタンゴである」とか格言めいたこと言うけど、それは違うとは思う。(色情狂か!)

じゃあ、礼儀正しい日本人が享楽的なアルゼンチン人のように「気持ち良さ」を求めて、タンゴを踊る日がくるのだろうか・・・・まあ、それもないなとは思う。

でも、日本では快楽を求めること自体を否定しており、だから隠れ変態がたくさんいるというデータもある。(ワンズワード調べ)

ということは、ニーチェがいう「超人」とはもしかしたら、日本的には「変態」ということなのかもしれない。

変態が日本を変える・・・・夢がある話だ。