Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

自分の間違いの気付かされるということ:ワンズワードオンライン、ここに集う。

昨夜、ワンズワードの先生たちと会合を開いた。

集合場所は自分が泊まっているホテルにしたかったので、いつもよりワンランク上のホテルを見栄を張って予約し、そこのラウンジで集まってもらった。

Allonesword

マニラから遠方にあるイロイロ島に住んでいるリッチー先生以外の14名の先生が全員集合した。そして、その一人一人と個人的に時間を取り、彼らから話を聞いた。僕はスピーチは苦手だし、また自分が逆の立場だったら、誰か発言する人がいたら自分は発言しないので、会議と言う形ではなく個人面談という形を取った。

そのほうが彼らのことをより深く知ることができると思ったからだ。

そして、一人一人と話してみて感じたのは、意外と自分が伝えようとしていることがきちんと彼らには伝わっているなということだ。

個人的には常々、「お金より大事なものがある」と思っているし、また「ベストな労働環境の提供」ということにも気を配っている。でも、そんなことをわざわざ彼らにあまり直接伝えたりはしない。ただ結果的にそのことをずっと考えてそれを実行してきたおかげで、プロフェッショナルな先生たちとその期待に応える異常に知的水準の高い生徒様たちという得難い集団が形成されている。

仕事への満足は、金銭的な享受ではなく、自分自身への肯定感と「何かを成し遂げている」という満足感からなるものだと改めて痛感した。彼らの努力と時間をきちんと有意義なものにするための橋渡しがすることが自分の使命だと思っている。(この業界で最高水準の賃金を保証しているという自負はありますが、それでもそれ以上に彼らはお金以上にこだわっていることがあり、それを実現出来るのはワンズワードしかないと思っているようです)

そのために僕はほかのオンライン英会話スクールが無料で提供している体験レッスンすら有料化し、安易に無駄な広告は一切打たず、彼らの知的レベルに合うターゲット層へのアプローチをひたすら考えてきた。

一ヶ月に100万近いお金を払えばすぐに検索結果の上位に来ますと囁かれても首を立てに振らず、数ある投資の話もすべて袖にしてきた。

「真剣に英語を習得したいと思っている人たちに、最高質なレッスンを提供する」ということ以外は、どれも取るに足らない些細なことだ。それ以外はすべて無駄としか思っていない。

でも、彼ら一人一人と話してみて、自分が間違っているのだなと思った。そんなことよりも、ワンズワードに関わるすべての人たちの生活のほうが大事なのかもしれない。自分が思いもかけないところで、自分がとてつもない影響力を持っていることを痛感した。

僕は「彼らが提供するレッスン」に関しては最大限の注意を払ってきたが、「彼ら自身」の存在に対してそれほどの注意を払って来なかった。レッスンの質こそがワンズワードが求めるものだからだ。

だが、当然そのためには彼ら自身がもっとクローズアップされてしかるべきだし、彼らとて血の通った人間であり、「ワンズワードに良質なレッスンを提供する」以外に様々な役目を社会で負っている。そんな単純なことに今まで、無頓着だったことに彼ら一人一人と話して気付かされた。

スカイプを通じてしか知らなかった彼らがその肉声を通して、自分のなかでリアルになった一日だった。それだけでも、マニラくんだりまで来た甲斐があったと思う。

彼らのことを改めて深く知ると、いかに彼らが優秀でほかに類を見ない集団だと気付かされた。わざわざ遠い国に行く必要もなく、もしかしたら彼らこそが自分が今後必要とすべき信頼に足るビジネスパートナーなのではないかと思う。

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(ホテルでの会合が終わり、近くにある焼肉屋さんで、「寿司と天ぷらと焼肉」と日本料理の王道を堪能してもらいました)

「ワンズワードで英語を教える」ということが生きがいであり、彼らの人生の満足度に直結しているのだなと初めて気づいた。自分ほどワンズワードに関して考えている人間はいないと思っていたが、彼らのほうが自由にならない分、逆に考えているのかもしれない。

Kyotou_onesword

(ワンズワードの二大巨頭・・・・・・)

そのような期待に今後どのように応えていくかが自分の課題でもあるし、彼らの能力を今後最大限に引き出すのかも課題である。

でも、1つだけ言えるのはとても楽しい一日だったし、学びの多い一日だった。そのような日をいかに増やしていくかが自分の課題であることを考えると、昨日は気づきの多い日だった。