Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

バルセロナにて:フランソワのこと

バルセロナには3日いた。

最後にバルセロナに来たのはもう20年近く前だ。

Barcelona_calle_2

その頃に比べると、あまりに自分の状況が変わりすぎていて比べようもないが、それでもマドリッド、それにバルセロナと旅した20年前ですら、バルセロナのほうが断然いいと思ったことは強く印象に残っている。

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今、バルセロナ在住のフランソワに会ったのは、トルコのカッパドキアだ。もう、かれこれ4、5年前になるだろうか。

カッパドキア DAY1

僕らはたまたまカッパドキアの空港から遺跡に向かうバスのなかで出会い数日間一緒に過ごした。率直に言えば、それだけの仲だ。人生のなかでの数日なんて、あまり意味はない。でも、トルコのことを考えるたびに彼のことを思い出すし、FACEBOOKを通じてそれから何度もやり取りをしているので、とても近しい存在に感じていた。

当時からプロジェクトマネージャーとして、EUに勤務しており、EU圏内の27カ国をまとめる役目を負っていた。彼と会った当時、僕は隣国にとあるソフトウェアの開発を委託しており、たかが一カ国相手に四苦八苦していた。正直に告白すれば、その国特有の独自の価値観に由来したあまりの横暴さに白旗同然の状態だったわけだ。

フランソワはその27倍である、EU圏内の27カ国相手にそれをやってのけていたので、当時の自分からしてみれば、彼はスーパーマンに近かった。そんな彼とバルセロナで再会した。彼と初めて会った当時は、彼はスペインのアリカンテというところに住んでいたが、4ヶ月ほど前にバルセロナに引っ越したとのことだった。EUの仕事も辞めて、今はしばらくの休暇を取っていた。

Barcelona_gaudi

スーパーマンだと思っていた彼も実は27カ国相手の折衝は過酷を極め、そのストレスから結局皮膚病を患い、それもあってその仕事を辞めて、違う土地であるバルセロナに移ったとのことだった。EUには仕事も評価され、さらに重要な仕事のオファーももらい、それも10年間の長期間に渡るプロジェクトだったらしいが、彼はそのオファーも断り、この土地バルセロナに越したとのことだった。

「周りの友人からはクレイジーと言われたよ」と彼は淡々と語った。でも、彼にとっては仕事は第一義ではなく、人生そのものを楽しみたいという欲求のほうが強かったらしい。それにすでにEUの仕事のために6年過ごしたアリカンテには嫌気が差しており、違う土地に移りたかったとのことだ。嫌気が差した土地にあと10年いるのは、確かに彼のような人にとっては地獄に近い。

僕らは今まで会っていなかった時を埋めるために、色々なことを話した。僕はと言えば、手に負えないプロジェクトには早々と見切りをつけ、自分の会社を立ちあげて、そして自由に旅をする資格を手に入れたこと。その仕事はとてもやりがいのあることを伝えた。

でも、率直に言って彼のような人から見れば、僕は周回遅れで走ってきたに過ぎない。エリート中のエリートが集まるEUという共同体のなかで、切磋琢磨した彼にはまだまだ及ばない。フランス人である彼はスペイン語、英語、それにもちろんフランス語を流暢に操り、それらを駆使して各国の担当者とやり合っていたわけだ。

「英語、英語」言っている日本が少し滑稽に聞こえる話しだ。フランソワは英語だけでもなく、スペイン語、それに母国語であるフランス語を完璧に話すが、それでもコミュニケーションがうまく取れない場合がある。27カ国相手にすれば、それは当然のことだ。そんなことも知らずに英語さえ出来れば、すべての外国人と問題なくコミュニケーションが取れると思っているバカな人たちが日本にはたくさんいる。

それにフランソワのコミュニケーションスキルは驚くほど高い。初対面の人でも簡単に打ち解けて仲良くなることが出来るだろう。そんな人でも外国人相手の仕事では、ストレスを抱えてしまう・・・・もちろん、世界トップクラスの人たちが集まるからこそのストレスかもしれないが、言葉や高いコミュニケーションスキルを持ってしても解決出来ない問題が各国間に横たわっていることを前提にしないとこれからは生きていけないことも事実だ。

ただ彼の話し、彼のプロジェクトを聞いていると、ヨーロッパは間違いなくひとつの国になるためにあらゆる布石を打っていることが伝わってくる。たかが小さな島のために隣国たちと揉めている極東の島国からしてみれば、スケールの違う話だ。

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アジアのエリートは英語を何かの通行許可証と勘違いしているが、ヨーロッパのエリートは複数言語を流暢に操りながら、遠大な目標に向かってすでに数歩先を歩み、そして我々が気がつく頃には彼らはまた世界の中心に我が物顔に居座っているのかもしれない。

ヨーロッパの人たちからしてみれば、僕たちは最初から数歩後を歩むハンディを背負っているのかもしれない。それを今までは努力と根性で克服し、経済を発展させてきたが、それが通用しない今となっては、新しいスキル、方法を見つける必要がある。そのことに気づかないままに突進しているとすごく痛い目を見ること確かだと思う。

バルセロナで久しぶりに旧交を暖め、そしておいしい海鮮料理を舌鼓を打ち、街をぶらぶら散歩しながら買い物をした。全く住むには悪くない街だが、お金にはやさしくない。おいしいもので溢れ、おしゃれな洋服やインテリアが簡単に見つかり、充実したナイトライフがある。

半年ブエノスアイレスでしのいで、残りの半年はバルセロナという生活を本気で考え始めている今日このごろだ。