Keep My Word

旅とタンゴをこよなく愛する。カラダナオル創業者。

お盆にチェット・ベッカーを聴く

彼のトランペットは物悲しい音色を奏でる。

あれは忘れもしない19歳のバレンタインデーだった。
渋谷のレコファンで「マイ・ファニー・バレンタイン」というアルバムを見つけて衝動買いした。

アルバムのタイトルとなっている最初の曲で完全に参ってしまった。
こんなすごい歌手が世の中に存在しているとはにわかに信じられなかった。
そして、あとから彼は本当はトランペッターであることを知り、二度驚いた。

それから彼のアルバムを買い漁り、「レッツ・ゲット・ロスト」という当時世界一のファッションフォトグラファーであったブルース・ウェーバーが撮ったドキュメンタリーのビデオを購入した。

たぶん「一番好きなドキュメンタリー映画は?」と聞かれたら迷わず「レッツ・ゲット・ロスト」を挙げると思う。この映画ほどチェット・ベッカーを的確に表現したものは存在しない。

今夜、なぜか彼のトランペットを聞いた。
歌もいいけど、彼のトランペットはまるでボーカルのように表現豊かで、心に響いてくる。
その才能は畏怖すべきほどすごい。

技術だけなら彼のほかにも星の数ほど優れたトランペッターはいると思う。
しかし、こんなに心に直接語りかけてくる演奏者はほかに知らない。
(たとえば、ジョン・コルトレーンのテナー・サックスの技術には脱帽するが、彼の音楽をそれほど知ろうとは思わない。きっと完璧すぎて、興味の対象にならないのだと思う)

「レッツ・ゲット・ロスト」のなかで、チェット・ベッカーがブルース・ウェーバーに語りかける場面がある。年を取り、また人気が再熱し注目を浴び始めたことに関してチャットが言ったセリフがあるのだが、その言葉よりもその彼の表情が忘れられない。

本当に大事なことは言葉で伝えられないものだが、あの瞬間をカメラに収めたブルース・ウェーバーはあれだけで歴史に残る偉業を成し遂げたと思う。

そんな瞬間をカメラに収めたいものだ。