Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

幸せとは:ラテンな世界にて

メキシコ人はとりあえず、踊っている。

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踊っているというか、ずんぐりむっくりで小太りなその体を揺すっている。

ぬいぐるみみたいでかわいくもある・・・・たぶん。

ステップとかどうてもよくて、とにかく体を揺するのが好きな人たちだ。アルゼンチンはタンゴの国として名高いが、国民のほとんどはタンゴを踊れない。しかし、メキシコ人の大部分はサルサを踊る・・・というかサルサを踊れると思っている。

そして、メキシコ人の習性のひとつに、予定は当日の気分次第というものがある。そして、遅刻は当たり前だ。

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シーフードバーベキューをやるというので、アビマエルと魚市場まででかい鯛を買ったが、当日来たのは10人未満だった。きっと招待したのは30人以上だろう・・・・

(主催したセルヒオくんはでかい鍋に大量のパエリアを作ったが半分以上残った)

当日の予定を複数ブッキングしていて、そのときの気分でやることを決めるのだろう。いいかげんな感じだ。こういう面ではアルゼンチン人よりもタチが悪いとは思う。

日本人をパーティーに呼んだら、来ると言ったら必ず来るし、これない場合は来れないと連絡がある。素晴らしい。そして、時間はきちんと守る。

これはアルゼンチン人にもメキシコ人にも共通している要素だが、とりあえずなんでも「Yes」という人たちだ。出来そうにないことも、行けないパーティーでもとりあえず「Yes」だ。そして、その当日か実際に出来なかったときにどうするか、そのときになってから考えるわけだ。

ラテンの国は総じてそうだろうと思う。

その色を色濃く受けているフィリピンなどもそうだろう。

ラテンな人たちは幸せなわけだ。

なんでも「Yes」だし、問題は先延ばしにするし、今日が楽しければ明日はどうにかなると思っている。

日本人こそが世界では特殊な民族だ。

そのことを深く自覚していないと、海外では痛い目を見る。

世界では予定は先延ばしにされ、言ったことは実行されず、遅刻は日常茶飯事だ。

それがグローバルスタンダードであることを知ることは重要だ。

ラテンな世界で最も重要視されるのは、「その日の気分」であり、将来的な展望や利得などは関係ない。刹那的な世界なのだ、ここは。

どんなに付き合う人たちを選んでも、限界はある。

(アビマエルのような時間厳守な人はまれだ。ほかに知らないぐらいだ)

そして、いつも思うのは「学ぶ」という習慣がない。

たとえば、サルサでも英語でもテニスでも、何かに自分の時間を投資して向上しようとする意欲がない。

ちょっと練習して出来るようになれば、それで満足してしまう。日本人みたいにドMになって、自分を追い込むようなことをするのは、その道の「プロ」だけだ。

それでもそれなりに楽しいと思い、人生をエンジョイしているので、それはそれでいいのかもしれない。(個人的には、とてもツマラナイと思うが・・・・)

でも、そんな真面目で優秀な日本人が年間3万人も自殺していることを考えると、トレードオフ的にはラテンな世界のほうがいいのかもしれない。

まあ、メキシコでは自殺するよりは、殺される確率が高いのかもしれないけど。

メキシコではフィリピンと同じように月2回給料があり、給料日には銀行のATMには長蛇の列が出来る。宵越しの金は持たない国だ。

個人的には、日本的な価値観が世界に浸透するよりは、ラテンな世界が世界を支配するほうが面白いし、楽しいとは思っている。

所詮は一度きりの人生だ。

やりたいことをやって、周りからとやかく言われずに、好きなことをずっとやっていくほうがいい。

ラテンな世界は、総じて競争率は高くないので、普通の人よりちょっと努力すれば成り上がることは可能だ。そのうち、競争に疲れた先進諸国の人たちが大挙して押し寄せてくるかもしれない。

(今流行のフィリピン留学やアジア就職にはそういう側面もある)

ラテン化する世界:グローバリゼーションとともに

上記にも書いたが、「競争」とは無縁なラテンな価値観が、広がればそれはそれで世界の人は幸せになれるのかもしれない。

(幸せのレベルという問題が残るが・・・・自殺するよりはより良い選択肢な気もする)

さて、今日がどんな一日なるか、楽しみだ。