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Keep My Word

19歳から旅を始めて、スコットランドで英語を学び、アルゼンチンでスペイン語とタンゴを学び、メキシコではサルサをかじり、オンライン英会話/スペイン語スクールを運営している男のブログです。海外滞在歴10年、50カ国ほどぶらぶらしました。

レスリー・キーについて思うこと。

diary exhibition Photodiary

何を隠そう、自分は初代レスリー・キーのアシスタントになりそこねた男である。
あれは、ロンドンから帰ってきてから数ヶ月後のことだったと思う。ひょんなことから知り合った女性に写真事務所を紹介され、そのつてで彼のアシスタントとして何回か撮影に参加することになった。

数回会っただけの自分に当時、香港四天王の一人して有名だったアーロン・クォックの写真集の撮影を手伝いを依頼されたのもいい思い出だ。(結局、この写真集はお蔵入りになったけど、ほかの撮影で行けなかった彼の代わりに自分一人でアーロン・クォックの撮影を3日間ほどしたのはいい経験になった)

記憶は定かではないが、たぶん2000年頃の出来事だったと思う。当時彼はSPURの巻頭特集を手掛けて、それから人気に火がついてまさに飛ぶ鳥を落とす勢いの人気フォッションフォトグラファーだった。あらゆる雑誌の表紙写真を手がけ、撮影は朝から晩まで毎日続いた。まだ当時、専属アシスタントを持っていなかった彼に「専属のアシスタントに」と誘われたが、すでになぜかカメラマンとして成功することに自信満々だった自分はその誘いをあっさりと却下した。(ロンドンから帰ったばかりで、日本のファッション業界に疎かったので、そのような暴挙に出たということもある。でもお互いにとってそれがベストだったのでは今では思う)

もう名前も忘れたけど香港の中山美穂と言われる女優が香港の大金持ちとの結婚式を日本でするというので、その極秘結婚式の撮影も手伝ったこともある。その結婚式には今は亡き、レスリー・チャン、それにレオン・カーフェイ、マギー・チャン など錚々たる香港俳優陣が集まって盛大なパーティーを行った。そのパーティーをコーディネートした中国人が、「香港の芸能界で有名な人、すべて参加しています」と言っていたが、きっと本当にそうだったのだろう。

その香港の大金持ちは飲み過ぎてパーティーで酔いつぶれたけど、帰り際に挨拶すると、「サンキュー、サンキュー」と言ってなぜか泣きながら僕に挨拶をしてくれた。きっと色々とあったのだろう。

それからも一年に何回か偶然に会ったりしながら随分と月日が経った。そして3年ほど前に都内のスタジオでとあるジャニーズの撮影(黒木メイサと結婚した人)に行くと、なぜかレスリーも居て、久しぶりに挨拶した。そして、彼にうまく言いくるめられる形で、モデル撮影にも参加した。

そして、帰り際に渡された前作である彼の写真集を見て、少しショックを受けた。ただの男のエロ写真だったからだ。彼が男好きだったのは前から薄々気づいていたけど、僕が彼と知り合った頃はまだ彼女もいたし、そのような欲望を抱いていても、おおっぴらにはしていなかった。(個人的にはどうでもいいことだと思っている。実際に彼の家で二人きりで何回か泊まったことがあったけど、別に何もなかった。ちなみに六畳一間みたいな狭い部屋だった)

向こうはどう思っているか知らないが、こっちとしてみればお世話になった人だし、幸せになって欲しいと思っている。でも、彼の写真を見て、ものすごく気分が滅入った。ただ自分の抑圧された願望を「プロのモデル」を酷使して、表現しているように見えたからだ。別に撮られるモデル側も納得のうえだったいいが、自分の経験と照らしあわせてみても分かるが、とてもそうだったとは思えない。

彼の写真はいい意味でも悪い意味でも、「ニセモノ」だ。それは別に悪いことではない。ファッションの多くは誰かのコピーで始まるし、ファッション写真の多くもたいていは誰かのコピーだ。そのように業界は回っている。それに知り合った当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼の写真を真似たファッション写真家は何人もいた。

レスリー・キー逮捕

そして、わいせつ罪で逮捕されてしまった。もうすでに不起訴となり釈放されたらしいが、「芸術か、わいせつか」という問い自体馬鹿げている。当たり前に彼が撮る写真すべてわいせつだし、エロ以外の何者でもない。そもそも彼は芸術家でもなんでもない。本人がそのことを強く自覚しているので、それを逆手に上手く立ち回り、そして元々の頭の良さと死に物狂いの努力で得たのが今の成功だ。

問題なのは何も分かりもしないのに、彼のことをチヤホヤする人たちが多すぎるのと、結局のところ彼の存在自体が権威となり、力の弱い立場の男性モデルたちを食い物にしたということだ。

時々、僕は彼のことをとてもかわいそうに思うことがある。アジアを旅して無邪気に写真を撮り始めたのはいいが、それが仕事となり、そしていつしか自分の憧れだった人とも仕事するようになった。それ自体はとても幸福なことである。でも、そんなことを本当に彼が死ぬほど欲していたのかというと、そうではないと思う。彼は人一倍、「認められたい」という欲望が強く、それがいつしか一人歩きをしてしまい、自分で自分を騙すうちにもう本当に自分が何を欲しているのかも分からなくなってしまったのだと思う。

あれほど成功しているのに、あれほど不幸だと思う人間を僕はほかに知らない。

ほかにもたくさん言いたいこともあるし、多少怒りに感じていることもある。この事件が彼を変えるきっかけになればと思うが、十中八九そうはならないこともよく理解できる。成功した人間は後戻りが出来ないというが、それはきっと自分の存在価値とその成功があまりに強く結びついているので、それがなくなったら周りの人間すべてがいなくなると思っているからではないだろうか。

人一倍、寂しがり屋の彼には耐え難いことだろう。

すでに地球の裏側のブエノスアイレスに住んでいる自分にとってみれば、彼が置かれている立場がどこかシュールな感じがしてならない。人生の成功とは、人生を楽しむこと以外にほかの選択肢がないこの地では、彼が不要だと思って切り捨てていったものが本当はとても大事なものに思えて仕方がない。